第22話 竜に花を与える方法

「これ、摘んでしまってもいいのですか?」


 大切に育てていたのは、利用するからだとは知っているけど、摘んだらしおれてしまうのではないだろうか。

 でもジュリアンはうなずく。


「花壇からはみ出して咲いた物を、花の部分だけ摘んでもらいたいのです。できる限りで大丈夫ですので」

「はい、わかりました」

「では、篭を持ってきます」


 彼は魔法で草を切り払いつつ、主塔の中に入っていく。

 ややあって出て来た彼の手には、一抱えの大きさの蔓編みの篭があった。

 私は言われた通り、花の部分だけ摘んでいく。


「あ、本当に石みたい」


 花は硬く、他の花とぶつかるとカチカチと音がする。

 茎の部分は植物みたいに柔らかいのに、不思議だ。

 摘みとって篭に入れて行くと、オレンジ色の宝石をいっぱいに入れたようで、美しい。


 目にも楽しい作業だったので、ジュリアンが草刈りを終えてしまうまで夢中で続けていた。


「ああ、沢山摘めましたね」

「ジュリアンの方も、こんな短時間で綺麗になりましたね……」


 声をかけられて顔を上げた私は、ようやく砦の中の草がスッキリ綺麗になっていることに気づいた。やはり魔法でやると早い。


「無差別に刈り取るだけですから」


 簡単に言うものの、大変なことには変わりない。

 砦の中庭は百人が走り回れるほどの広さがあるのだから。

 結果、砦の隅にこんもりと刈られた草が積み重なっていた。これは馬や家畜の飼い葉にしてもらおう。


「この花はどうするのですか?」


 とても大事なのだということと、増やせなくて困っていたことは知っているけれど、何にどう使うのかわからない。

 宝石として使う……としたら、そこまで困らないだろうし。

 魔術に使うのだと思うけど。

 ジュリアンはさらっと明かしてくれた。


「これは、あの竜の栄養なんです」

「……え」


 私は中庭の中央にある、殻に包まれた竜を振り返る。

 真っ白な殻の中から透けて見える竜は、昨日と同じく丸まったままだ。


「不思議な置物だと思っていたんですが、あれは……生きているんですか?」


 ジュリアンがうなずく。


「あれは、竜が深い眠りについているときの姿なんですよ」

「深い眠り……?」


「あの竜は、他の土地から飛んできて、ここに落ちて来たようです。怪我をしていたようで、治すために眠りについているようなんですが……。怪我がどうしても治らないようで、もう十年ほどこのままです。古い文献を探し、この花が竜にとっての栄養になるらしいと知って、魔術師達はあちこちくまなく探し、ようやく探し出したのです」


 言葉を切り、ジュリアンは私の持つ篭の中の花に視線を向ける。


「でも、竜の怪我の治療には明らかに足りない数しか見つけられず、種から増やすことを考えたものの、一定の数から決して増えずに困っていたのです」

「そうだったのですか」


 竜の治療のために、この花が必要だったらしい。


「そういえば、どうやってこの花を竜は食べるのですか?」


 眠っているのに、と思ったのだ。

 ジュリアンは微笑み、私の持つ篭から一掬いの花を取り出して、竜へ向かって歩く。

 ついていくと、竜の前で立ち止まったジュリアンが「見ていてください」と告げ、手に持った花を竜の殻に押し当てる。


 すっと水の中に落ちていくかのように、花だけが殻の中へ入っていく。

 殻の一番下に溜まった後、花は淡く光りながら細かく砕けていき、殻の中に広がっていった。

 そしてきらきらと輝きならが、竜に吸収されていく。


「これは、食べている……のかしら」


 人と同じような食べ方ではなくても、竜は花の力を食べているのかもしれない、と私は感じる。


「そうかもしれませんね。力を取り込んでいるのですから、食べているようなものでしょう」

「花は、どれくらい必要なんでしょう?」


 一掬い分は、あっという間に竜に吸収されてしまった。

 もうきらきらとした光は見えない。

 だけど竜は眠ったまま、目覚める気配もなかった。


「量については、さすがにわかりません」


 ジュリアンは首を横に振った。


「ただ、この感じだとまだまだ必要なようです。この怪我、これが治らないと目覚めないだろうと言われていますので」


 私はジュリアンが指さす場所を見る。

 すると竜の背中から左の翼の付け根にかけて、深くえぐれたような傷があった。


「ひどい傷……」

「それでも、今花を食べたことで、少しえぐれた部分が戻ったように思います」

「沢山与えたら、すぐに治るのでしょうか?」


 栄養を得て回復できるのなら、早い方がいいような気がする。


「問題は、一気に大量の花を与え続けていいのかどうかです。ある程度は大丈夫でしょうけれど……」


 ジュリアンは少し考えて言った。


「とりあえず、篭一つ分を与えてみましょうか。それで様子を確認して、いけそうなら続けて、無理なら毎日一定量を食べさせることにします」

「え、そんな感じで大丈夫なんですか?」


 ジュリアンがまずは実験、とばかりに試し始めるのを、私は見ているしかない。


「竜は強い生き物ですから、大丈夫でしょう。そもそも必要なければ吸収しなければいいわけですし」


 ジュリアンって、意外と雑?

 外見から几帳面で繊細な人かと思っていたのでびっくりだ。

 そんなジュリアンは、次々花を掴んでは、殻に押し付けていく。


「そんなに次々入れて大丈夫でしょうか?」


 心配する私に、ジュリアンはひょうひょうと答える。


「腐っても竜ですから。人とは比べ物にならないほど頑丈ですから、めったなことはありません」


 恐ろしくぞんざいにしても大丈夫、だと考えているようだ。

 私への気遣いとの差がすごい。こっちが、普段のジュリアンだったとしたら、私はずいぶんと心配されているんだろうか? と考えてしまう。


「でも、吸収できない花が邪魔になったりして、竜が嫌がったりしませんか?」

「人よりも賢いのですから、眠っていても自分でどうにかできるでしょう」


 不安だが、私よりもジュリアンの方が竜を良く知っているはずだ。

 これ以上は言わないことにして、口をつぐんでいると、ジュリアンが小さく笑う。


「セリナは心配性ですね」

「そうでしょうか?」


 もし竜を怒らせたら、ひどいことになりそうだと思うだけなのだ。

 でも本当に私が心配性なのだとしたら、それは……オルフェ王子達の影響だろう。

 最初は、いつも彼らの気を悪くしないように、様々なことに気配りをしたうえ、いつも最悪を想定して行動していたから。

 それが染みついてしまったのかもしれない。

 私の物思いの内容を知ってか知らずか、ジュリアンが言う。


「大丈夫ですよ。あなたに危害が加わるようなことはないようにします。そもそも、この程度の量なら、まだ目覚めないだろうとわかっていますので」


 それを聞いて安心する。


「篭いっぱいの花でも、足りないのですか?」


 ジュリアンがうなずいた。


「ええ。古文書をあたったところ、深い眠りに落ちた竜が目覚めるには、このソーンツェの花畑を竜の周囲に作り、十年は待たなければならないと聞いています」

「花畑……ということは、篭に何十杯もの花を十年分必要としている、ということですか?」

「おそらくは」


 それだけの量が必要なら、すぐに目覚めることはないだろう。


「大量に必要としているわけですから、多少の量を押し付けたところで、竜が吸収しきれないということもないはずです。……ほら、篭一杯分終わりました」


 見れば、篭の中は空っぽになっている。


「竜は……まだ眠っていますね」


 粒子になって輝く花に包まれて、竜はまだ目を閉じている。

 いつになったら目覚めるんだろう。

 目覚めたら、魔術師達はこの竜をどうするんだろうか。


 私はそんなことを考えてしまった。

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