第21話 どうやって使う魔法?

「それで、魔法が発動した瞬間は、何を考えていたのですか?」


 ジュリアンが質問してくる。


 言いにくい……。お金のことを考えていたなんて、知られるのは恥ずかしい。

 まごついていると、とうとうジュリアンがその場で膝をついて願う。


「研究のためにも必要なんです、話していただけませんか?」


 懇願するようなまなざしに、思わずぎゅっと目を閉じてしまう。

 そんな目をされたら、なんでも口走ってしまいそうだ。


(どうして、私、ジュリアン様だとこんな風に心が揺れてしまうの? 顔がいいから?)


 いいや、私は顔のいい男なら誰でも好きというわけではなかったはず。

 そんな私の動揺を知ってか知らずか、ジュリアンが優しく言う。


「言いにくいのでしたら、無理はしないでください。あなたに苦しんでほしいわけではないんです」


 優しくされると、思わずほだされて口が滑ってしまいそう。

 今まで邪険に扱われていた反動?

 目を開けると、ジュリアンは優しい微笑みを浮かべていた。


「花を増やしてくださるだけでも十分に、ありがたいんですよ。今まで、増やす手段が何も見つからなかったのですから」


 気遣ってもらえるだけで、胸が高鳴る気がする。

 しかもジュリアンに手を握られてしまった。


「安心してください」


「あ」


 と言った時にはもう周囲にワサワサと草が伸び放題になってきていた。

 目の前のオレンジの花も、花壇の空いた場所から次々に新しい芽が出て伸びていく。

 あっという間に花壇とその周りにまで花が増え、それを囲むように草が繁茂してしまっていた。


 ジュリアンはそれを見て、少し考え、手を離す。

 数秒置いて、また私の手を握った。


「ええええ」


 自分でも驚くしかない。

 再び草がワサワサ成長しだしたのだ。


「何、これ、どうして……」


 ジュリアンに手を握られたら増えるけど、その理由がわからない。

 でもジュリアンの方は何か思い当たったようだ。


「ありがとうございます、セリナ。謎がすぐに解けてよかったです」

「え、わかったんですか?」


 疑問を解消したい。

 だけど一方で、握られたままの手が気になる。

 でもジュリアンは離れないようにぎゅっと力を込めた。


「知りたいですか?」

「はい、もちろんです」


 だけど手もそろそろ離してほしい。

 なのにジュリアンは手を自分の方に引き寄せた。

 

「では実演しますね」


 そう言って……ジュリアンは私の手の甲に口づける。

 心臓が跳ねるほど驚きと、気恥ずかしさで「ひゃっ」と声が出たのだけど……。


「…………!?」


 私が何かを言う前に、またワサワサっと草もオレンジの花も増えていく。

 ジュリアンと私の周囲は草花で埋め尽くされて、小さな草原ができた状況だ。


 そして私も理解した。


「まさかと思うのですが、恥ずかしくなると、生えてしまうんでしょうか」


 するとジュリアンは訂正した。


「それだけではないでしょう。たぶん、セリナの気持ちが上向くと、生えるんだと思います」


「上向く……」


 たしかに、草を繁茂させた時に毎回恥ずかしがっていたわけではない。

 道を歩いていた時は……。少し、嬉しいと感じた時だったかもしれない。

 花を一本くれたらいいなと思った時も、そうしたら自分が少し幸せになれるだろうと想像して、気分が上向いていたと思う。


 そうしてジュリアンの推測に納得した後で、私は顔が熱くなっていく。


 私が、ジュリアンのことを嫌じゃないって、あからさまにわかってしまっているってこと? 恥ずかしい!!


 気づいたとたんに、ますます周囲が草で埋め尽くされていく。

 慌ててジュリアンが私をかばってくれたけど、その腕に抱え込まれて私は呼吸困難になりそうだ。

 だめ、これ以上草を生やすわけには……!

 慌てて私は自分の腕をつねる。

 痛みで気がそれたおかげか、草の成長が止まった。


「すごいですね……」


 ジュリアンが感嘆するように息をつく。

 砦の中が草原になってしまった……。

 そよ風が吹くと、緑の波が広がるように草が揺れ動いた。

 まさかこんなに広範囲に草が生えるとは思わなかった。


「あの、草刈りしますね」


 さすがにこれは歩きにくい。

 草を踏み倒すにしても、意外にするどいので草で手足に切り傷ができることもあるだろうし。


「私の方で処置しておきますよ」


 ジュリアンはそう言ってくれるけど、生やしたのは私だもの。


「いえ、製造責任がありますから。私もやります」

「責任というなら、確認のためとはいえ私が草が生えるように仕向けたので」


 こっちがやる、いえいえ私がという会話になってしまった後、ジュリアンと目が合う。

 そしてどちらからともなく、吹き出してしまった。


「二人でやりますか?」

「そうしたら、広範囲の余計な草は私が魔法でやりますので、セリナはこれを摘んでください」


 そう言ってジュリアンが指さしたのは、花壇からあふれてこんもりと茂った、オレンジの花の群生だった。

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