第20話 また発生した!
朝食を終えると、買い出しのついでに村の中を案内してもらった。
一昨日、村に到着してすぐ村長さんの家で休ませてもらい、昨日は砦へ行って戻ってすぐに眠ってしまったから、村の中のことを何も知らなかったのだ。
野菜を買う場所(というか畑にいるおばさんやおじさんに声をかける形式……さすが田舎。産地からとりたてのお野菜をもらえる)、雑貨屋、革製品なんかを扱う職人の店、鍛冶屋も一軒あって、そこでは食器も作っていた。
服は布地を雑貨屋で買って作るのが、この村で普通らしい。
雑貨屋で型紙を買ったので、なんとかしようと思っていたら。
「衣服は協会の方で用意しますよ。今度、採寸できる人間を連れて来るので、作らせます。それまでの分は、家にある者で我慢してもらうしかないので、先に謝っておきます、すみません」
「謝る必要なんてありませんよ。着る物はちゃんとあるんですから」
着の身着のまま放置されているわけではないし、着替えも用意してもらっていたから大丈夫なのにどうして?
首をかしげると、ジュリアンが言う。
「花嫁として迎える人ですから、衣服を用意するのも夫の義務でしょうし、貴族令嬢だった上に一応自分も貴族の身分を持っているというのに、簡素な服しか着せられない状態というのは、どうにも情けないのではないかと思いまして」
「あ……」
たしかに、貴族令嬢だったら平民が着るような簡素な服は嫌がる。麻まじりの丁寧に作られていない布地は、肌ざわりも悪いことがあるし、絹や金糸銀糸に、華やかな色をまとっていた生活を送っていると、味気なく感じたりもするだろう。
でも私はちょっと違う。
「私のことは、普通の貴族令嬢とは思わなくても大丈夫ですよ。平民として生活しようと思って以来、豪華な物とは縁を切ったつもりでしたから」
幼少期の記憶のおかげで、平民の生活をするなら煌びやかな物とは別れる必要がある、と知っていた。
既に覚悟は済んでいたので、たとえジュリアンに貴族の称号があったとしても、見合った生活でなければ嫌だと言うつもりもない。
「そう思ってくださって良かったです」
ジュリアンはほっとしたようだ。
一方の私は、気遣ってくれたことが嬉しくて……。
「……はっ!」
足元に、こんもりと苔みたいに草が生えて来ていた。踏み固められた道の真ん中だというのに!
「ちょっ、早く家へ一度戻りましょう!」
「どうしたんですか?」
「草、草が!」
小声で急かす私に、ジュリアンが視線で示した方向を見て、目をまたたく。
でも判断は早かった。
すぐに私の手を引いて走り出す。
家へ駆けこんで、ようやく息をつけた。
「はーっ、バレなかったでしょうか……」
見られていたら、おかしな人間が来たと思われかねない。
「周囲に人はいませんでしたが。でも、あれが問題の『草が生える魔法』なんですね」
確認したジュリアンに、私はうなずく。
「いつ生えるのかわからなくて……。今日もどうしてあんなところで草を生やしてしまったのか、全く心当たりがないんです」
「そうですね。私の方も、なにか異変を感じたわけではありませんでしたし」
ジュリアンの意見に、私は勢いづく。
「そうなんです! 何が原因で起こるのかわからなくて」
「この村まで来る間は、大丈夫だったんですか?」
私はうなずく。
「いつ草が生えるかとびくびくしていたんですが、ふっと気が抜けた時も、草は生えたりしなかったんです。その後も、突然生えてくることがなかったので、油断していました。今も、どうして生えたのか全く心当たりがないのです」
「……なるほど」
ジュリアンは腕を組んで思案顔になる。
「協力をしていただくためにも、発動条件を探らなくてはなりませんね。とりあえず、昨日は花を増やすことができたので、もう一度花壇へ行きましょう。同じことをしたら、もう一度花が増えて、原因がわかるかもしれませんから」
私とジュリアンは、荷物を片付けて、砦へ向かうことにした。
綺麗に収納するのは後回しにしてとにかく置き場所へ仕舞い、急いで家を出る。
私は出発してから、道の端を歩くようにした。
真ん中を堂々と進むジュリアンからは不自然に離れてしまうけど、もし誰かに見られたらと思うと不安だったのだ。
「どうして端にいらっしゃるんですか?」
当然、ジュリアンに理由を聞かれた。
「端なら、生えて来ても他の草に紛れるのではないかと……」
踏み固められただけの道なので、端には雑草が生えている。
それを聞いたジュリアンは、くくっと笑い声を漏らす。バカにされてしまったかも、と私はすねたい気分になるが。
「可愛らしいことを考えたのですね。でも大丈夫ですよ。今は近くに誰もいないはずです。一応確認しながら来ましたから」
――可愛らしい?
自分の考えを、そんな風に言ってもらったのは……幼い頃に亡くなった実母ぐらいなもので。
ジュリアンからそう言われたとたんに、なんだか顔が熱くなったのだけど。
「……ひぃっ!」
足元から突然、膝丈ほどの雑草がごそっと生えて小さな繁みができた。
慌てて飛びのいた私は、移動先では何も生えなかったのでほっと胸を撫で下ろす。足をつけた場所のどこででも生え続けたらどうしようかと思ったので。
ジュリアンは驚きながらも、生えた雑草を検分している。
「なるほど、ニセムギ……オオバコ……植生はこの周辺に生える雑草そのもののようですね」
やっぱり雑草らしい。
(どうしてあの花だけは普通に増やせたのかしら)
オレンジ色の不思議な花のことを思い出す。
そこに育っているものなら、私の魔法の範疇なんだろうか?
悩みながらも、砦へ到着する。
高い石壁の内側に入り、大きな卵を迂回して主塔の前の花壇へ。
そこには、前日と同じように宝石のようなオレンジの花が咲き誇っていた。
「昨日と同じように、増やせるか試してみてもらえますか?」
ジュリアンの言葉にうなずき、私は昨日のことを思い出す。
(たしか……こう、珍しい花だと思って、手を伸ばしたのよね)
そうだった気がする。
なので、とりあえず花に触れてみた。
「…………何も起きませんね」
「何か考えたりしませんでしたか? 増やすことに関わるようなことを」
「増やす……」
たしか、増やせばお金になる、と考えた気がする。
沢山増やしたなら一本分けてもらえるのではないか、と。
それでお金が手に入ったら、しばらく生活の心配もせず、ゆったり暮らせて幸せだろう……なんて。
それを思い出したとたん、だった。
すっと自分の中から魔力が抜けるような感覚と引き換えに、花がふわんと金色に輝く。
次の瞬間にはぽんとはじけるように金色の輝きが弾けたかと思うと、ふいにその花が成長し出す。
宝石のような緑の茎が太くなり、葉の生え際から新しい枝が伸び出す。
それだけではない。その花の周囲からも急に土から芽吹き、伸びて行き、あれよあれよという間に、何本もオレンジ色の花を咲かせていた。
「これで、証明されましたね」
ジュリアンが満足げに言うのを聞きながら、私はじっと宝石のような花を見つめる。
これで、ちゃんと魔術師達の役にたてる。
(それに雑草を生やすだけだった私が、この力で何か貢献できるのね)
そう思うと、少し自分の心に勇気が湧いた気がした。
この先、平民として頑張って生きていく勇気を。
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