第24話 魔術師がやってきた
昼になると、もう早速に魔術師協会から人がやってきた。
「おい、オリヴェイル! ソーンツェが増えたというのは本当か!?」
白髭の老人が、主塔の上にあるらしい転移用の設備からやってきたらしく、階段を下りてくる。
「何本、何本ですか!?」
中年の少しお腹が出ているふくよかな女性。
「待ってくださいお師匠様!」
私より二つぐらい年下らしい少女。
「とにかく花壇を確認して……」
眼鏡の頭が良さそうな私と同じくらいの年齢の女性が一人と、大人しそうながらも鬼気迫る表情の青年が一人。
「で、増やせたことについてまず話を聞きましょう」
眼鏡の厳しい家庭教師のようないで立ちに魔術師のマントを着た中年女性が最期に降りてきた。
一気に質問を浴びせられたオリヴェイル先生はたじたじだ。
「質問は一人ずつにしてくださいよ! とりあえずまとめて答えると、窓の外を見てください!」
隣の部屋で食事をしていた私とジュリアンは、彼らの声に気づいて部屋を出て、オリヴェイル先生の部屋を覗き込んでいた。
やってきた魔術師達は、オリヴェイル先生の言う通りに窓から外を見て一瞬絶句。
その後悲鳴を上げた。
「なななんとぉぉぉ!?」
「うそおおお!」
「こりゃまた……」
「ひいいい!」
嬉しいのか怖がっているのかわからないなと思いつつ、私は口の中でもぐもぐしていたパンを飲み込む。
でも驚くのも無理はない。
増やせないと思っていた花が、砦の中庭を埋め尽くしそうなほどに広がっているのだから。
正確には、竜の周囲を埋め尽くしている。
オリヴェイル先生の要望に応じて一面の花畑を作ってしまうと、私もなんだかスカッとした気分になっていた。
「ぷちっとちぎってそのまま竜に与えられるので、花の供給も楽ですよ」
オリヴェイル先生は、めんどくさがりなのだろう。そう言ってにこにこする。
「そうかもしれませんが、ええと、とにかく本当に増やせてほっとしました」
少女の弟子を持つ中年女性が、ほっとしたように息をつく。
「それで、花を増やした魔術師は……」
私はジュリアンに手を引かれ、間一髪でその部屋から顔をひっこめた。
ただ扉は開けたままにしておいて、彼らの話を聞くことにする。
「今後のためにも、様子をうかがっておきましょう」
ジュリアンが小声でそう言ってくれる。
ここに出入りするのなら、彼らに私の存在がバレてしまうのは仕方ないことだ。ただ、どんな人たちかわかっていれば、対処の仕方もわかってくる。
少しでも広まるのを引き延ばせるのか。
あちこちに触れ回ってしまいそうなら、ジュリアンと今後について話し合いたい。
「バイア殿、それは秘匿事項だと協会長が言っていたでしょう」
ちらっと一瞬だけのぞくと、大人しそうな前髪で目のあたりがよくわからない青年がくぎを刺したようだ。
「左様。好奇心は猫をも殺す。協会長が秘匿すべしと決めたのだから、我々はそれに従うまで。そういう誓約をしたうえで入会したはずだ、バイア」
「ほんとマドリガル老は協会長への信頼が厚いようですこと……」
バイアと呼ばれた中年女性は鼻からふんと息を吐く。
「私はなぜバイア女史がこちらにいらしたのか、そちらの方が不思議ですわね」
眼鏡の家庭教師風の女性魔術師は、あおるようなことを言う。
「あ、それはぁ、お師匠様のおうちの方が」
「ミージュ!」
魔術師バイアに怒られた弟子の女の子ミージュは、ひえっと首をひっこめて口をつぐんだ。
それだけでおおよそのことは私にも想像がついた。
おそらくバイアという名前の中年女性は、貴族出身の魔術師だ。
彼女は協会への誓約を守ると言いつつ、協会の話を実家の人間に漏らすこともあるのだろう。
それを期待し、バイアから竜の話を耳にした貴族が、花を増やすことに成功した魔術師が誰なのか知りたがったのかもしれない。
特殊な魔術が使えるなら、強大な魔力を持っていると想像したのかしら……?
大魔術師と仲良くなれたら、便宜を図ってもらえると勘違いしている可能性もある。
そこを心配していたけれど、ジュリアンが「隣の部屋にいてください」と言って私の側を離れて、オリヴェイル先生の部屋に入る。
「花を増やせた魔術師は、花や草を増やす魔法しか使えないんですよ」
ジュリアンの言葉に、他の魔術師達がはっと息をのんだのが聞こえた。
顔を見せないように隣の部屋に引っ込んだ私だったが、扉を開けていたので声は聞こえる。
「なるほど、一つだけしか魔術が使えないなら、特殊な魔術師ではありますね」
青年の声にあの家庭教師風の女性の声が続く。
「普通の魔術師として活動するのは難しそうな方ですわね。だから今まで見つからなかったのでしょうか? 普通の生活を送っていらっしゃる中、この時だけ協力してもらった感じかしらね?」
「だから秘匿されておるということか。なるほどな」
老人がうむうむと言っている。
そうして他の大多数が、ジュリアンの意図を察したかのように秘密にされている理由を考え、それ以外には利用しにくい人物であることを強調してくれる。
(……もしかしたらバイアという人以外は、なんらかの形でかばってくれるようにお願いされていたのかしら)
私がそう思うほどに、願った方へと話が流れていく。
やがてバイアも納得したようだった。
「草を増やすことしかできないなら、まぁ、大っぴらにはしにくいですわねぇ。私の弟子にいろいろと教えていただこうかと思いましたけれど、それどころか魔術師とは名乗れなさそうですわねぇ」
自分が孤立しかけていることに気づいてか、すねたような言い方をしている。
その八つ当たりだろうけど、結果的に私のことを見下す言い方をしたことに、しみじみと面倒な人だ……と思うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます