第17話 結婚の真似事をはじめます2
「それでも、後で村長の奥さんに頼んで、通いのメイドを雇いましょう」
考え込んでいると、ジュリアンがそんなことを言い出した。
え、メイドを雇う?
それを聞いて私はつい言ってしまう。
「私、作りますよ?」
「え、料理できるんですか?」
さすがのジュリアンも驚いたらしい。
尋ねられて、私は「あ」と思う。
そうだ。貴族令嬢が料理できるわけがない。どこで覚えたのかと言われそうだ。
けど、何をどう考えたのか、ジュリアンは少し悲しそうな表情を見せた。
「すみません、そういう技能を習得する必要に迫られる時もありますよね。ではそこは分担しましょう」
ものすごく気を遣った言い方をされた。
(これはもしかして、王都の家でも、私は自分で食事を作る必要があったほど、いじめられていたと思われた……?)
さもなければ、貴族令嬢が料理をするわけもない。
料理をするのはメイド達の仕事で、貴族令嬢がするものではないからだ。料理をするのは、人を雇えない貧乏人のすることというのが、王都の貴族の認識だったから。
やりたいからと言って、させてもらえるようなものではない。
甘い親ならこっそりと……ということもあるだろうけど、うちのように駒として扱う養父が、そんな真似をする理由がないのだ。
(でも、訂正しにくいわね)
そうじゃないと言えば、どうして料理ができるのかと不審がられてしまう。
料理ができそうだと思ったのは、前世の記憶のせいだもの。
平民として生きていかなくちゃと思った時には、有利な材料になったと喜んだのだけど……。
頭の中でそう翻訳されているのかもしれないけど、ニンジンはニンジンだし、ジャガイモもジャガイモとして前世暮らしていた世界とほぼ同じ作物が使われているのはわかっているので、調理法も同じで大丈夫なはず。ちゃんと調理ができるだろう。
でも理由が前世の記憶があるから、とは言いたくない。
医者を呼ばれた上、家に戻すしかなくなる、という決断をされたら困るのだ。
黙っていると追及されずに話が進む。
「私も王都へ戻ることもありますから、イセリナ嬢が料理をできるならその方が安心ですしね。オリヴェイル先生は壊滅的ですし、メイドに応募してきたあなたのために料理人を雇いたいと言うとおかしいと思われるかもしれませんから」
「そ、そうですね。分担しましょう」
私は話に乗ってうなずく。
「では、朝食は任せていいですか? でもなるべく朝も食べられるように、夜のうちに用意しましょう。意外と得意なんですよ、料理」
ジュリアンは家庭的なことを言い出す。
この言葉でわかる。彼は一人暮らしか集団生活で、きちんと料理をしたことがあると。魔術師はあちこち旅をしたりと行動するから、必要になるのかもしれない。
「もうすぐ昼なので、食事を用意しましょう。その間、部屋はどこがいいか決めてください。一階でも二階でもかまわないですが、二階は私や師匠が使っていたから、人が使っていた場所がやりにくいなら一階をお勧めします」
「一階にします」
私は即答した。
朝起きて食事の支度をするのに、扉を開けてすぐ台所に行けるのはとてもよさそうだし。
部屋を決めたら荷ほどきをした。村長の家に置かせてもらっていた物を、持ってきていた。
荷物はそう多くない。
何か書き留める必要がある物ができるかも、と持って来た紙の束や日記帳、ペンとインク。
あとは途中で買った古着などの服一式程度。
それを備え付けの机の引き出しに入れたりするだけ。
寝具は、埃避けを取り去ると、ちゃんと備えつけてあることが確認できた。
枕カバーもベットカバーも、パッチワークの薄い黄色でなんだか可愛い。召使いに決まる人のため、用意していたんだろう。
二階の部屋がいいと言ったら、この寝具を上に運ぶことになっていたのかも。
なんてことをしている間に、ジュリアンは手早く昼食を作ってくれた。
焼いておいたのだろう、薄いパンの間に、肉やサラダ菜を挟んだ簡単なものだ。
それでも十分な料理だと思ったし、けっこう美味しかった。
お腹が満たされると、ものすごく眠くなる。
昨日じっくり休んだつもりだったけど、見知らぬ土地までたった一人で旅をしてきた疲れは癒しきれなかったみたいだ。
食後のお茶をもらっているうちに、うとうとしてきて……。
「おやすみ」
優しい声がかすかに聞こえた気がした次の瞬間、私は意識を失うように眠ってしまった。
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