第16話 結婚の真似事をはじめます

 その後、預けていた荷物と鍵をもらって家へ。

 場所は砦に近い村の端だ。

 木造の二階建ての小さな家は、一家族が暮らすのにちょうどいいぐらいだった。

 白壁に、茶色の屋根の村の中では何の変哲もない家。だけど。


「……メイドが住むには贅沢なのでは?」


 メイドが一軒家に一人で住まわせてもらうことってそうそうない。別荘の管理のために住みこむ人ぐらいでは?

 その場合でも、自分の家として住むわけじゃない。自分の居住する場所も含めて全て他人の物。むしろ間借りさせてもらっている意識が強いはず。

 するとジュリアンが教えてくれる。


「砦は居住性がとても悪いので、王都や協会の拠点とここを行き来する魔術師が、滞在する場所としても使うため、大きく造ったんです」


 ジュリアンの説明で納得した。

 村長さんに目的を伏せて以来したら、魔術師達が滞在するための家だと思って、何人かいても楽に住める規模になったんだと思う。


「村長の家に間借り、というわけにはいかなかったのですか?」


 メイド一人だけなら、その方がよさそうに思えた。しかしジュリアンは首を横に振る。


「それをすると、気を遣って村長の家の手伝いもするようになってしまうでしょう? 同居している人間にはよく思ってほしいものですからね」


「ああ……」


 それは理解できる。


「でもそれでは、こちらの仕事に支障をきたす可能性もあります。人は慣れてしまう生き物ですからね。いつのまにか『ほんの少しだけの手伝い』が『普通』になる。そして、どうせならもっと……と要求するかどうか、上辺の付き合いではわかるものではありませんから」


 納得した。気遣いが義務になってしまっては、仕事に専念できなくなってしまう。だから、居候をさせてもらうのはやめたのだ。

 これがメイドだけならまだしも、他の魔術師までも手伝わされることになってしまっては困る。

 もちろん、村長夫人がそんな人ではない可能性もあるけど、その時になってみないとわからないような、不確定要素は最初から排除したかったんだろう。


「さ、中に入ってください。中は度々魔術師が滞在させてもってたおかげで、すぐに住めるようになっているんですよ」


 家の中に入って、私はきょろきょろと見回す。

 新しく作られたばかりの家は、ふんわりと温かみのある木の香りが漂っている。

 二階に客間みたいな部屋はあるけれど、頻繁に使っているらしい感じがした。使用途中の燭台とか、置かれたままのカップなどがある。


 一階にも個室のスペースがあった。

 寝具には上からほこりよけ用の布をかけてあって、誰も使っていなかったみたいだ。


 たぶんジュリアン達がここに滞在する場合は、二階の客間を使っているんだろう。

 聞いてみると、その通りだった。


 そして台所と居間が一緒になった部屋の隣が、浴室。これは嬉しい。

 私は頻繁に入浴するのが好きなのだ。

 旅の間は、入浴できなかったことが一番辛かったかもしれない。


「自分の家だと思って自由に使ってください。置いてある食料も好きに……」


 と言いかけたところで、ジュリアンが思案顔になって言い直した。


「セリナ嬢に料理をさせるわけにはいかないから、しばらくは私がやりましょう」

「ジュリアンさん、ずっと料理をするためにここへ通うんですか?」


 思わず尋ねた私に、ジュリアンは苦笑いした。


「通うんではありませんよ。私もここに住むので。なにせ結婚するのですし、あなたの身辺の安全も確保するために、護衛は必要ですから」

「あ……」


 結婚するから、一緒に住む。

 普通なら自然なことだと思う。だからとっさに反論するのをこらえたけど、でも。


(結婚って、やっぱりくすぐったすぎる……)


 形を整えて、真似事をするだけなのに、気恥ずかしくなるのはどうしてだろう。

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