第15話 村へ戻ります

 その場に膝をついた私を、ジュリアンが心配してくれた。


「大丈夫ですか?」


「はい、ちょっとつまずいただけで。どこも痛くありません」


 私はそう言って立ち上がろうとしたのだけど。


「……すみません、立てないのでちょっと待っていてくださいますか?」


 足に力が入らない。

 色々あって、気が緩み過ぎたのか。それともご令嬢生活をしていたのに、急に家を抜け出したり旅に出たりと行動し続けて、足の疲れが頂点に達したのか。

 とにかく立てるようになるまで、待ってもらうしかない。


「すみません。ずっと立って話をさせてしまったせいですよね……」


 オリヴェイルが申し訳なさそうな表情をする。


「いえいえ。旅で馬車に乗り続けてた分、いつもより足をなまけさせてしまったのかもしれません。気になるでしょうから、扉を閉めてもらえればと思うのですが」


 私がそう申し出ると、オリヴェイルは「とんでもない!」と首を横に振った。


「座ってお休みになりますか? ジュリアン、セリナ嬢を移動させてあげてもらえるかい?」


「どうせなら、住まいまで移動した方がいいでしょう。少し失礼します。ご令嬢」


「え?」


 さっと私の側でかがんだと思ったら、一瞬で私はジュリアンに抱え上げられていた。

 頬が固い羅紗織のマントに覆われた肩にぶつかる。

 香るのは、優しい石鹸の匂い。洗いたての衣服の向こうに感じるのは、自分よりもずっと分厚い胸板とか筋肉とかで。


 目の前に見えるのは、あまり親しくない異性の顎とか首とか。通常ならありえない近さに、思わず慌てた。


「あのあのあの!?」 


「立ち上がれないほどの疲れなら、休んでから歩くよりも、休みながら移動してしまった方が早いでしょう」


 それはそうでしょうけど、人を一人抱えて移動するだなんて大変だし、ここまでしなくても!

 反論しようとしたが、この師弟はさっさと自分達で話をつけてしまった。


「じゃあよろしくジュリアン」


「わかりました先生」


 そうして歩き始めてしまっては、無理に下りることもできない。

 それに、たしかに疲れてはいた。新天地への希望と夢で疲労を誤魔化して、旅してきたから。

 ジュリアンはなんの重みも感じていないように、私を抱えたまま主塔を出て、砦の外へ。


「重くないですか? 歩けそうになったら、すぐ降りるので……」


 ちょっと疲れているのと、先行きが決まって安心しすぎたせいだと思うので、しばらくしたら歩けるはず。なのでそう申し出たのだけど。


「重いとは感じませんよ、普通です。村まで抱えて行くのに、不都合はありません。さして遠くはありませんから」


 お世辞なのか、彼はそう答えた。

 表情が変わらないので、本心からなのかもしれないけど、申し訳なさがすごくて、いたたまれない。


 そんな風に考えているうちに、ジュリアンは村まで歩ききった。

 村を囲む柵を越えたところで、ようやく私を下ろしてくれる。そっと慎重に立たせてくれるあたりは、子ども扱いされているような気分だった。


「いかがですか?」

「大丈夫です。歩けるようになりました。ありがとうございます」


 お礼を言うと、微笑んでさらっと流された。


「では、家の鍵を預けているので、村長のところへ行きましょう」


 村長の家へ到着すると、村長の奥さんが出て来た。たぶん村長さんは仕事で家を空けていたんだろう。

 村長の奥さんはジュリアンを見て私を見て、ぱっと表情を明るくする。


「メイドさん決まったんですね? 即決でよかったよかった! おめでとうセリナちゃん!」


「喜んでくれて嬉しいです」


 そんな風に私のことを祝福してもらえて、つい頬をゆるめていたら、奥さんがニヤっとする。


「若い女の子が来ると、男どもが倍働いてくれるようになるからね。かっこいいところを見せたいって気持ちを、こっちは利用させてもらうってもんさ」


 かっかっかと笑う奥さんに、私は苦笑いするしかない。

 間もなく結婚することになっていると知らせるべきか、判断がつかないからだ。メイドになったと思われているみたいだし。

 しかし思わぬ横槍がジュリアンから入った。


「いえ、メイドではありません。そしてもうすぐ既婚者になりますので、あまり近づかれては困るのですが……」


 やんわりとではあったが、確実に「男に目をつけられるのは困る」と主張する発言に、私は頬が硬直しそうになり、村長の奥さんは目を丸くした。


 一秒ぐらいの短い間だったけど、村長の奥さんは私とジュリアンの顔を見比べて、またニヤーっとした。


「なるほどなるほど。そういうことでしたか。ふんふん、理解しましたよ。釘はさしておきましょうね。なぁにやりようはいくらでもあるってもんですよ。綺麗なお嫁さんが欲しいなら、魔術師のみなさんみたいに、もっと頭働かせるように言えばいいんですからね」


 村長の奥さんはうふふと笑う。


「御理解いただけたようで良かったです」


 ジュリアンもにっこり。村長の奥さんもにっこり。

 二人の間に共通認識ができて、私に誰かが絡んで来ないようにしてくれるらしいのはいいんだけど。


(結婚を人に知らせるのって、恥ずかしい……)


 少し前までの私は、自分の婚約や結婚することを、自信を持って大々的に広めていた。

 甘い感情から発生した行動ではなく、一種の事業を自分で達成しつつあった、という誇りからだ。


 でも今回は保護の目的からだったけど、ジュリアンから申し込まれての結婚なわけで。


(私が自分から行動したい、と思ったことじゃないからかしら?)


 自分の感情の差が、不思議だった。

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