第12話 先生の了解を取り付けます

「ちょっ、困るよジュリアン! いくら王子との婚約が破棄になったとはいえ貴族令嬢だよ!? いくら君の頼みでも……」


 私は一瞬で暗い気分になった。せっかくここまでたどり着いたのに、追い返されてしまうんだろうか。

 しかしジュリアンは平然と言った。


「メイドではありません。それよりも協力していただきたいことができたので、伴侶として魔術師協会で庇護してほしいと思います」


「伴侶?」


 くいっとオリヴェイルが首をかしげた。


「伴侶って結婚? 彼女が誰とするの?」


「私とですね」


 オリヴェイルはぽかーんと口を開けた。数秒そのまま固まった後、額に手をあてて頭痛がする人のように目をぎゅっと閉じる。


「ええと、ジュリアン。君が思慮深い、頭の良い子だというのはわかっているんだ。そんな君がただの思いつきで、自分との結婚を提案をするわけがない。だから、経緯をまず説明してくれないか? なにか事情があるんだろうね?」


 オリヴェイルは、まずきちんと状況確認をしてから判断する人のようだ。

 とりあえず聞いてくれるらしいとわかり、私はほっとする。


 説明はジュリアンがしてくれた。

 私が話した内容を、ある程度要約したものになるかと思ったが、ジュリアンはどうやら『気の毒ないじめられっ子を保護した』という流れで話している。


 オルフェ王子がそもそも、幼少期から素行がよくなかったことをオリヴェイルに思い出させたいようだ。

 王や王妃もそれを見て見ぬふりをしていたことも


 なにせ王子が、かなりひどいことをしていたのを周囲の大人は知っていた。

 このオリヴェイル先生も、見かけたことはあったようだ。

 手を差し伸べなかったことを思い出したのか、ばつの悪そうな表情になってうつむく。


 でも魔術師協会が手を出せなかったのは、私も理解だけはしている。

 王家と対等ではあっても、干渉できるわけでもない。

 部外者の彼らが手出しするのは難しいし、私の保護者だった伯父から、王家との関係を壊したと抗議をされる恐れもあった。


 ……たとえば私に魔法の才能が最初からあったら、協会に勧誘する形で保護してくれたかもしれない。けど、私にはそれすらなかったから、手を出しにくかったのだろう。


 ジュリアンの方は、私が政治の駒として扱われ、オルフェ王子や王家に嫌がらせをされても、私が耐え続けなければならなかったことを話してくれる。

 推測混じりではあるものの、かなり正確なことに私は心の中で驚く。


 そのあたりの話になると、オリヴェイルは気の毒そうに私を見るようになった。

 嘘じゃないのだけど、私は自分のことを『かわいそうな子』と思われたことがないせいで、なんだかむずがゆい。


 それにしても、ジュリアンは王家のことをずいぶん詳しく知っているようだ。

 王宮に出入りすることが多い人だったのかしら?

 まだ若いのにそんな役目があるということは、彼は貴族出身の魔術師なのかもしれない。

 ただ話の内容的に暗い雰囲気になってしまったので、私はつい謝ってしまう。


「お恥ずかしい話をさせてしまって、すみません」


 ジュリアンに謝ると、彼は首を横に振る。


「私も多少は人から聞いていたのに、ほとんど何もできなかったことを申し訳なく思っていました。それに、よくここへ来てくださったと感謝しております。おかげで、私たちにとっても幸運が舞い降りたのです、先生」


 ジュリアンがオリヴェイルに言った。


「ソーンツェの花を増やす魔法を、セリナ嬢が持っていたのです」


 その言葉にオリヴェイルが目を丸くした。


「え、ええええ!?」


 あまりの絶叫に、思わず私は耳を塞ぎそうになる。それぐらいオリヴェイルは驚いたのだ。


「種をあちこちに撒いても、あの花壇にちょっとしか咲かなくて、次に種ができるまで待っても、あれ以上増やせないかもしれないと思ってた、ソーンツェのことだよね?」


「はい、その通りです先生」


 ジュリアンがうなずく。


「彼女はつい最近、草を芽吹かせ増やす魔法が使えるようになったそうです。それがソーンツェにも適用されたようで。今、昨日よりも二倍の数になっています」


「か、確認してくるねっ」


 オリヴェイルは部屋の外に飛び出した。階段を駆け下りて扉を開けた後、しばらく静かな時間が流れる。


「あの、大丈夫でしょうか。私が魔術師協会にごやっかいになるのは難しいのでは」


 私の魔法を必要としているのはわかるけど、オリヴェイルの反応からすると、厄介だなと思っていることが察せられるので、私はジュリアンに率直に尋ねてみたのだけど。

 彼は自信ありげに微笑む。


「大丈夫でしょう。すぐに賛成してくれますよ」


 ジュリアンの言葉を証明するように、間もなくオリヴェイルが階段を駆け上がって戻って来た。

 息を切らせて彼は言った。


「すぐ協会に申請を出そう! 絶対絶対、セリナ嬢は魔術師協会にもらうから! 貴族や王家なんかに渡すものか!」


 ジュリアンの言う通りになったのだった。

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