第11話 突然の求婚
ジュリアンが、私の結婚相手になってくれるっていうこと?
思わず彼の顔をまじまじと見てしまう。至極真面目そうなジュリアンの表情からは、私との結婚は便宜上のことだという雰囲気が感じられる。
「お嫌ですか?」
「嫌というわけではありません」
思わず首を横に振ってしまう。正直、あのオルフェ王子に比べたら、ジュリアンは神様のような人だ。結婚相手がこの人だったらと一瞬考えたことを思い出し、なんとなく頬が熱くなった気がした。
「では他に問題がありますか?」
ジュリアンは結婚自体は乗り気のようだ。問題があるなら解決したいとばかりに、質問してくる。
なんでそんなにやる気なんだろう。
(このオレンジの花って、そんなにも重要なものなのかしら)
私みたいな婚約破棄された女と結婚してでも、増やしたい花なのかもしれない。そう思うと、ちょっと気が楽にはなったものの、なんだか複雑な気持ちでもある。
とにかく私は問題点について話すことにした。
「その、ジュリアン様の婚姻歴に傷がつくのではと」
結婚したら、協会にも記録は残される。神殿にも記帳され、それが結婚の証明になるのだけど。
「離婚するのは難しいでしょう? ジュリアン様が結婚したいという人ができた時に、問題になりませんか? いえ、もちろん私はすみやかに離婚してもかまいませんが、手続きに時間がかかったり、他人にあれこれと言われて辛くなるのではないかと……」
言ってから、「私、変わったわ」としみじみ感じた。
以前の自分なら、離婚なんて人生の汚点は許せなかっただろう。
誰かに悪口を言われるかもしれないと怯え、どんな欠点も受け入れられなかったから。
今は自由になったからか、不安なのは一人で生きていく手段くらいだ。
ジュリアンは少し驚いたように目をまたたいた。
「他の人との結婚は今のところ考えていません。離婚をすると、あなたが貴族令嬢として生きていく場合に、難しい立場になることはわかっていますから。ただ、もしあなたが離婚したいというのなら、なるべく傷がつかないように準備した上で……と申し出るつもりだったぐらいです」
貴族女性がわけあって離婚する場合、理由があっても、女性側に欠点があったのではと思われるのだ。
それは魔法の力も剣を持つ力も男性の方が強いため、男性の権利が強いからだろう。
でも婚約破棄された私には、今更どれだけ汚点が付こうとも変わらない。
むしろ自分の身を守るためにも結婚して後ろ盾を得た方がいいのだ。魔術師であるジュリアン自身と、その背後の魔術師協会が私を守ってくれることになる。
(今まで孤立していた私に、味方ができるのなら)
だから私はうなずいた。
「理由は理解しました。では、結婚ということでお願いします」
私の返事に、ジュリアンが微笑んでくれた。
たとえ保護のための契約上の結婚でも、喜んでいる顔を見せてくれると嬉しい物なんだなと私は感じた。
「では、すぐに書類を整えるためにも、中へどうぞ」
ジュリアンに案内され、私は砦の主塔へ入った。
主塔の中は、標準的な構造だった。一階ごとに一つの広い部屋があるようだ。
ジュリアンは二階の部屋へ私を案内し、木で作られた扉をノックした。
「オリヴェイル先生、ジュリアンが戻りました」
声をかけると、中からすぐに応答があった。
「おかえりー、入って」
やけに軽い口調だ。
魔術師達の間ではこれが普通なのかしら?
それに先生と呼んだことから、ジュリアンと室内にいる先生は師弟関係らしい。
扉が開くと、これまた簡素な机の上に沢山の紙を乱雑に乗せた部屋が見える。
近くにあるソファも、作業台らしき窓際の長机も紙と本が地層のように積み重なっていた。その他に沢山の本が、本棚に並んでいる。
オリヴェイルという人は三十代すぎの長い黒髪の男性だった。
ひょろりと背が高く、魔術師の紺色のローブを羽織っている。シャツの上から長衣を重ねて厚着している。寒がりなのかもしれない。
そんなオリヴェイルは、扉の側に立ったままの私に気づいた。
首をかしげ、それから見たことがあったのか、目をまたたいてまじまじと私の顔を見なおした。
「え……この子は?」
「一応、メイドとして応募して来たようです」
「メイド? でも、この顔知ってるんだけど……メイドに応募してくるような人じゃないよね? え、人違いだよね?」
どう答えるんだろうと思っていたら、ジュリアンはあっさりと認めた。
「そうです。シェアーレン伯爵令嬢セリナ様です」
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