第10話 協力の内容
協力ということは、メイドとしては雇わないということ? わけがわからず首をかしげてしまう。
「この花を増やしたのは、あなたですね、セリナ嬢」
ジュリアンが触れたのは、私が増やしてしまったオレンジの花だ。あきらかに本数が増えているので、まるわかりだったのだろう。
「ええと……」
「ちょっと特殊な花なので、魔法の残滓を感じるのです。あと、とても増やすのが難しく、そもそも種からの発芽率も悪かったので、花壇一杯に植えてみたもののまばらにしか芽吹かなかったのです。
だけどここだけ異様に増えている。私が最後に見たのは数時間前でしたが、こんな短時間で自然と増えるわけもないんですよ」
理詰めで説明されて、私は観念した。
「あの、故意に増やしたわけではなくてですね。私、ふっと雑草を生やしてしまう魔法が使えるようになってしまって。その魔法が花に触ったら発動してしまったんです」
「草を生やす魔法ですか。それはどんな草でもですか? 発動条件は?」
ジュリアンが立ち上がり、興味深そうに質問してくる。
「発動条件がわからなくて……。唐突にごそっと生えてくるので、困ってしまって。だから……なおさら貴族の生活をするわけにはいかないと、失踪したんです……」
王宮でごそっと生えては困る。
一部、急に生やしたことはあるけど、一度だけでも血の気が引いた。もうあんな思いはしたくない。
ここまできたらと思って話したら、ジュリアンは同意してくれた。
「そうですね。珍しい魔法は何であれ、人の耳目を引いて、そして非難されやすいものです。王宮へ出入りしていたご令嬢なら、なおさら難しいことになっていたでしょう」
私はほっとしてうなずく。
「だから婚約破棄したんです……。いつどこで生えてしまうかよくわからなくて。このことがあったから、伯爵令嬢という立場から逃げたくて……」
ジュリアンは、とても気の毒そうな表情になる。
「大変に苦悩されたのでしょう。でも、その力のおかげで、ぜひ協力を頼みたいと思ったのです」
「その協力とは?」
とにかく話を聞いてみないと判断できない。なので尋ねたら、ジュリアンが微笑んだ。
「この花を、増やす手伝いを頼みたいのです」
「花を」
改めて、鉱石でできているようなオレンジ色の花を見る。
「これは希少な花なのですね?」
「そうです。ここの他には、遠い北の大陸か、高山の奥地に見つかるかどうか……という代物です。増やそうと思ったのですが上手くいかず、手詰まりになっていました。だからあなたの力で増やせるのなら、とてもありがたいのです」
なるほど。切実に増やしたいらしいことはわかった。
「メイドではなく、この花を育てる仕事で協力してくださるのなら、あなたの出自を誤魔化す方法もあります」
「誤魔化すというのは……まさか、私を魔術師協会に入れるということでしょうか?」
魔術師協会に入ったら、その出自は伏せられることになる。
もちろん貴族出身の人間もいる。でも本人が口に出さない限りは公表されないことになっているのだ。
それは魔術師の素質を持つ人間が、貴族以外にもいて、協会は素質のある全ての人間を入会させたいからだ。
魔術師となった後は能力のみで判断して動かしたいから、身分は魔術師協会の中では通用しないようにしているせいだろう。
でも私は、できれば自由に生きたい。
魔術師協会に入れば、協会の要請に従ってあちこちへいかなくてはならないし、自由に行動しにくくなってしまう。協会が常に魔術師の居場所を把握したがるからだ。
せっかく貴族令嬢の生活を脱したと思ったのに。でも魔術師協会に入ったら、間違いなく保護はされるだろうし……と悩んでいると、ジュリアンが「違いますよ」と言う。
「協会に入らなくても大丈夫な方法があります。メイドとして求職するのなら難しいですが、一時的に協力してもらうのなら、その方法で解決できるでしょう。魔術師協会に入るとなれば、さすがに伯爵家に確認の連絡が入ってしまいます。それは望まないでしょう?」
私は急いでうなずいた。
同意を得たジュリアンは、それでもやや言いにくそうに続ける。
「ただその方法は、少し……感情的に拒否感があるかもしれません。また、その方法を解除するには手間もかかります」
「拒否感? 手間?」
魔術師協会に入らずに、協会の人間のように外部の人に身元を詮索されない方法なんてあったかしら?
答えは、さらに言い難そうにジュリアンが明かしてくれた。
「魔術師の……伴侶は。協会の規定に沿って対応されます」
「伴侶……結婚ですか」
ああなるほど。ぽんと手を打って納得してから、目を見開く。
「え、結婚!?」
「はい。私と……ですが」
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