第9話 再会


 王宮では一切不愉快そうな表情を見せず、優しく穏やかな人だという印象を抱いていた分、よけいに怖く感じる。

 だから私に向き直った時、思わず肩が跳ね上がりそうになった。

 ジュリアンはじっと私を見つめた後、ようやく表情を緩めてくれる。


「こんなところに、どうしていらっしゃったのですか? セリナ嬢」


 王宮でも、一目で私が誰なのかを判別していたから、きっとバレてしまうと思っていた。


(こんなに早く、知り合いに見つかってしまうなんて……)


 もちろん、魔術師が関係する場所へ行くのだから、誰かと遭遇する可能性は考えていた。

でも、平民らしい髪型をしてメイドのお仕着せ姿になったり、平民の服装にしたら、意外と私を伯爵令嬢と同一視する人は少ないのではないか? とも思っていたのだ。


 根拠はある。

 一度だけ、王子のいじめで王宮のメイドの服を着せられて家に帰されたことがあったのだ。

 服を王子がぶつけたチョコレートで汚されたので、お詫びに用意したドレスを着て帰ってほしいと言われて……。


(まだあの時は、王子も少しは人の心があるのではないかと思っていたのよ。だけど違った。メイドの格好をさせてあざ笑うためにそうしただけだった)


 用意されていたのはドレスではなく、メイドの服。

 サイズも少し合わなかったから、近い体格の娘の物を適当に持って来たに違いない。


 王子に着ろと言われて、拒否するわけにもいかなかった。

 当時の私は婚約者ですらなかった。ただの伯爵令嬢が、そんな我がままを言うわけにはいかない。


 だから笑われながら、一人で王宮を歩いた。

 王子達の住む棟を離れると、今度は私がどうしてメイド服なんて着ているのかわからない人が多い場所を通ることになる。


 そこでも笑われるだろうと思ったけど……予想に反して、誰もが私を私だとはわからなかったようなのだ。


 おかげでメイドがどうしてこんなところをふらついているのかと怒られたり、エントランスから外へ出ようとして怒られた。

 何度か会ったことがある侍従や宮廷伯だったのに。


 それほど、衣服や髪型で印象が変わるのだと私は覚えていたのだ。

 でもジュリアンには通じなかったようだ。


(間近で顔を見たせい? それとも、ジュリアンは人の顔を細部まで覚えるのが得意なのかしら)


 そんなことを思いつつ、ほんの少しだけ、私のことが強く記憶に残っていたらいいのにと思ってしまう。


 なんにせよ、ここで私の失踪は終了してしまうのだ。

 連れ戻されてしまえば、もう二度と伯父が私を逃がすようなことはない。婚約破棄された娘が失踪していたと魔術師に知られるなど恥だ。下手をすると不名誉な娘などいらないと、毒殺される可能性だって考えなくては。


「その……」


 どう説明したらいいだろう。なんとか連れ戻されないように説得できないかと考える。

 ジュリアンはその説得を聞いてくれるかわからない。王宮では優しくしてくれたけど、貴族令嬢の出奔は見逃してくれない可能性もあるから。


 泣き落としは、ジュリアンに効果があるかしら? それとも真剣にお願いするべき?

 迷っていると、彼の方が先に言った。


「婚約を破棄されたと聞きました」


「はい」


 真実なので、うなずく。

 私にとって婚約破棄は恥ではないから、認めるのにやぶさかではない。


「婚約破棄と、こうして家を離れて遠くへ来ていることと、その姿から考えると、ご自身で計画されたのですか?」


「う……」


 言葉に詰まる。すると、ジュリアンは私から視線を外し、隣へ歩み寄る。

 そしてオレンジ色の花の前に膝をついた。


「婚約破棄された後で、貴族令嬢が領地の片隅に追いやられるのは珍しくありません。なにか手伝えればとは思いましたが、一度話したきりの私では……と思っていましたが。こんな風に再会するとは思いませんでした」


「私もです。お礼を申し上げたいと思っておりましたが、ここで再会できるとは……」


 すぐに「帰りましょう」と言われなかったことにほっとしつつ、私は応じた。

 見かけることはあるかもしれない。だけど普通に再会するとは思わなかったし、ジュリアンが私の顔をしっかり見分けられるとも思っていなかった。


「あなたは、一人で生きていきたいと思ったのですか? だから、王子をわざと怒らせた?」


 気を緩めたのに、ふいに鋭い質問をされる。

 どう答えるべきだろう。だけど、わざと婚約破棄するよう仕向けたことを見通されているのなら、もしかしたら、と思った。


「もう、我慢して王子の婚約者でいたくないと思って」


「それで、仕事を探したのですか? 王宮でお会いした後で、紙を一枚失くしたことに気づいたのですが、まさかセリナ嬢がお持ちだとは思いませんでしたが」


 私がここへ来たのは、ジュリアンが落とした求人の紙のせいだとわかったようだ。


「平民としてなら、自由に生きられるかと思ったのです」


 貴族令嬢として幽閉されるより、平民として自分の意志でやることを決めたい。

 そんな私の答えに、ジュリアンは苦笑いを見せた。


「でも、この砦に来た以上はなにもかも自由に……とはいかないかもしれません」


「……やっぱり、送り返されてしまうのですか?」


 私を気の毒に思ってくれたジュリアンでも、あのひどい家へ連れ戻して、一生を閉じ込められて朽ちるか、保護者に毒殺される未来を選べと言うのかと、落胆の気持ちが胸を満たしていく。


「いえ、協力していただきたいことができました」


「協力ですか?」

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