秋の日のおもひで

ある秋のわたしの話をしよう

 今年も、秋が来た。秋が好きになれないのは私だけだろうか。葉っぱが枯れて落ちていく秋はとても寂しくて、心にも隙間風が入ってくるようだ。ああ、寒い。せっかくの日曜日なのに気分が沈む。木も寒そうだな、なんて考えながらしばらく窓の外を眺めていると、お母さんが部屋に入ってきた。

「お母さん、仕事行ってくるからね。佳澄は今日せっかく休みなんだから部屋を片付けなさい。これ、今をときめく女子高生の部屋じゃないわよ。汚ギャルね。」と言って笑った。

少しでも反発したくて「丁寧に〝お〟なんかつけてくれちゃってどうも」と言うと、

「そっちの〝お〟じゃないわ!」と返ってきた。

「じゃあ、行ってきます。鍵よろしく。」そう言ってお母さんは家を出ていった。

 うちは私が物心ついた時からお母さんしかいなかった。生活に困らないように毎日働くお母さんと顔を合わせることはほとんどない。だから、お母さんとの思い出もあまりない。

 私の部屋、そこまで汚くないし。汚ギャルってひどくない? ぶつぶつ文句を言いながら鍵をかけに立ち上がる。部屋に戻ってきたけれど、これといって特にやることもないので仕方なく片付けをすることにした。まずは洗濯した服の山。ほら、ちゃんと洗濯済みだから汚ギャルじゃないでしょ? 心の中で小さな言い訳をしてみる。私の場合、畳むまではできるのに、たんすにしまうのが面倒くさいから山になってしまうのだ。どうせ時間をかけるのだからきれいに片付けようと思い、ひとつひとつ丁寧に畳み直してたんすにしまう。これだけで随分部屋が広く見えるようになった。

 さて、次はどこを片付けよう。机の上が気になったのでプリントの山を片付けることにした。すると、もう使わなくなった音楽の教科書が発掘された。ベッドの下の収納にしまおうと一番右にあった段ボールを引っ張り出す。開けてみると小学生の時の教科書が入っていた。しまった、高校生の段ボールは一番左か。間違いに気づきそのまま閉じようとしたが、ふと一番上にしまわれていた国語の教科書が目に留まった。手に取って裏を見てみると、「二ねん一くみ にしのかすみ」とまだ拙い私の字で書かれていた。懐かしくなり、パラパラとページを繰っていると、ほかのページよりもしわの多いページがあった。あれ、なんだろう。気になってページを戻すと、それは、『きつねのおきゃくさま』であった。ああ、とっぴんぱらりのぷうのやつだ。確か、きつねがひよことあひる、うさぎを食べようと思って世話をしていたけど、だんだんかわいくなって、最後は三羽を守るためにおおかみと戦って死んじゃう話だったかな。なんとなくうろ覚えだったので、久しぶりに読んでみることにした。

 すると、ある記憶が蘇ってきた。


 窓の外は赤いもみじが夕日に照らされて眩しい光を放っている。小さい私は一生懸命何かを読んでいる。心を込めて読んでいる。その横には、お母さん。お母さんは私の読む声を真剣に聴いている。

「とっぴんぱらりのぷう。」

 ああ、これだ。私はお母さんに『きつねのおきゃくさま』の読み聞かせをしていた。最後のとっぴんぱらりのぷうの意味が分からなくてお母さんに聞こうとしたら、お母さんは泣いていた。私はお母さんが泣いているのを初めて見たので驚いて、

「どうして泣いているの?」と聞いた。するとお母さんは、

「佳澄の読み聞かせがとっても上手だったから感動しちゃったの」といって私を抱きしめた。

「きつねさん、死んじゃうのに笑ってたよ。怖くなかったのかな」私が言うと、

「もしお母さんがきつねさんでもね、きっと笑うと思うな。佳澄も大きくなったらわかるよ」とお母さんは言った。私はお母さんの言っている意味がよくわからなかったけど、でもそのとき幸せな気持ちになったのは覚えている。お母さんは、あったかかった。


 あったんだ、ちゃんと。私にもちゃんとあったんだ、こんなにも温かいお母さんとの思い出。私の頬は涙でぬれていた。どんなに忙しくてもいつも明るい母さん。私はお母さんの愛を感じて、また目頭が熱くなった。

 いつの間にか時間が経っていたらしい。気づいた時には時計の針が十二時を指していた。そろそろお昼ご飯でも食べようかな。そう思ってキッチンに行くと、

「ごめん、今日もお昼作れなかった。カップ麺あるから食べて!」という置き手紙があった。私はやかんに火をかけてから、カップ麵が入っているかごを覗き込んだ。どれにしよう。かごの中を探っていると〝きつね〟の文字が目に留まった。それは、「赤いきつね」だった。私は迷わず手に取りお湯を注いだ。タイマーは四分三十秒、私のこだわりである。出来上がるまでの時間、ぼんやり窓の外を眺めながら先ほどのことを思いかえす。あの時も秋だったのか。秋は寒くて寂しい季節だとばかり思っていたけど、そんなことなかった。秋は寒くても、だからこそ誰かのぬくもりを感じられる、幸せにあふれたあったかい季節だったんだ。葉っぱが落ちていく木もあのきつねみたいに優しく笑っているのかな。そんなことを考えていると、なんだか秋が少し好きになった。

 タイマーが鳴った。

「いただきます」

 ふたを開けて思わずにんまりする。一番の楽しみは何といってもこのお揚げさん。口いっぱいにじゅわっと広がる甘い味はたまらなくおいしい。これはきつねも好きになるわけだ。よし、最後に取っておこう。


 いつもと変わらない、赤いきつね。

 でも今日のはなんだか特別な味がする。

 そんなふうに感じたのは私の気のせいだっただろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秋の日のおもひで @m_and_poko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ