日常

 年が、明けたらしい。『らしい』と言うのも、年が明けたなんてそんなもの、全部人間の尺度に過ぎない。凡ゆる人為的なコピーペーストに塗れた世界で何を以て年明けと言うのだろう。そんな事を言い出したらそもそも、時間なんて概念から全て人為的であるのだとふと自らに諭され、ぐうの音も出なくなる。綿縷わたるは掛け布団の上に横たわっていた。風呂で暖まった体温が自らを取り囲む全てに奪われ、指が、足が、ゆっくりと冷えていく。それが何となく心地良かった。自らの扱いなどこんなもので構わないと思うととても安心した。自分はゴミだった。それで良い。自分の描く物に価値などなかった。それで良い。本当にそう思っているのだろうか。どうなのだろう。ただ、今は、無性に自らを傷つけていたくて、貶めていたくて、仕方なかった。彼の作品を見ていると、ああ、やはり自らが描くものなど、自らが信じた美しさなど、意味も価値も何もなくて、自分など居なくなって仕舞えば良いなんて、思ってない癖に思うのだ。本当はその様なこと、思ってはいない。ただ、そう思っていたいだけなのだ。面倒な奴だと自分でもつくづく思う。どうしようもないことを考えるのは嫌いだ。それでも自分を止めないのは、自分に嘘をつきたくなかったからだった。ふと首元でバイブが鳴り、不快感に舌打ちをしながら携帯を手に取ると海都希みつきがメッセージをよこしていた。

『あけましておめでとう』『今年もいっぱい出かけようね』

 ——ああ、どうでも良いな。こんな感情。溢れた温かい涙が耳を濡らしたのをぐしゅぐしゅと拭う。海都希の笑顔を思い出しながら綿縷はふっと笑って、反動をつけて体を起こしゆっくり返信を考えるように色んな言葉を打っては消した。世間が何を言おうが、自分はミツがミツで居てくれればそれで良いし、自分が自分で在ればそれで良い。自らが作るものはゴミであっても、これ以上に美しい塵などないのだから。

 

『おめでとう』『今度二人で海に行こうか』

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