正法眼蔵 密語

諸仏之所護念の大道を見成、公案するに、汝、亦、如是。吾、亦、如是。善、自、護持。いまに証契せり。


雲居山、弘覚大師、因、官人、送、供、問、曰、

世尊、有、密語、迦葉、不覆蔵。

如何、是、世尊、密語?


大師、召、云、

尚書。


其人、応諾。


大師、云、

会、麼?


尚書、曰、

不会。


大師、云、

汝、若、不会、世尊、密語。

汝、若、会、迦葉、不覆蔵。


大師は、青原、五世の嫡孫と現成して、天人師なり、尽十方界の大善知識なり。

有情を化し、無情を化す。

四十六仏の仏嫡として、仏祖のために説法す。

三峰庵主の住裏には、天厨送供す。

伝法、得道のときより、送供の境界を超越せり。

いまの道取する世尊、有、密語、迦葉、不覆蔵は、四十六仏の相承といえども、四十六代の本来、面目として、匪、従、人、得なり。

不、従、外、来なり。

不是、本、得なり。

未嘗、新条なり。

この一段事の密語の現成なる、ただ釈迦牟尼世尊のみ密語あるにあらず、諸仏祖、みな、密語あり。

すでに世尊なるは、かならず、密語あり。

密語あれば、さだめて、迦葉、不覆蔵あり。

百、千の世尊あれば、百、千の迦葉ある道理をわすれず参学すべきなり。

参学す、というは、一時、会取せん、とおもわず、百回、千回も審細、功夫して、かたきものをきらんと経営するがごとくすべし。

かたる人あらば、たちどころに会取すべし、とおもうべからず。

いま、雲居山、すでに世尊ならんに密語そなわり、不覆蔵の迦葉あり。

喚、尚書、書、応諾は、すなわち、密語なり、と参学することなかれ。

大師、ちなみに、尚書にしめすに、いわく、

汝、若、不会、世尊、密語。

汝、若、会、迦葉、不覆蔵。

いまの道取、かならず、多劫の弁道、功夫を立志すべし。

なんじ、もし不会なるは、世尊の密語なり。という。

いまの茫然とあるを不会というにあらず。

不知を不会というにあらず。

なんじ、もし不会、という道理、しずかに参学すべき処分を聴許するなり。

功夫、弁道すべし。

さらに、また、なんじ、もし会ならんは、と道取する。

いま、すでに会なるとにはあらず。

仏法を参学するに多途あり。

そのなかに、仏法を会し、仏法を不会する、関棙子あり。

正師をみざれば、ありとだにもしらず。

いたずらに絶見聞の眼処、耳処におおせて、密語あり、と乱会せり。

なんじ、もし会なる、ゆえに、迦葉、不覆蔵なる、というにあらず。

不会の不覆蔵もあるなり。

不覆蔵は、だれ人も見聞すべし、と学すべからず。

すでに、これ、不覆蔵なり。

無所不覆蔵ならん正恁麼時、こころみに参究すべし。

しかあれば、みずから、しらざらん境界を密語と参学しきたるにあらず。

仏法を不会する正当恁麼時、これ、一分の密語なり。

これ、かならず、世尊有なり、有世尊なり。

しかあるを、正師の訓教をきかざるともがら、たとえ獅子座上にあれども、夢也未見、者、箇道理なり。

かれら、みだりに、いわく、

世尊、有、密語とは、霊山、百万衆前に拈華瞬目せしなり。

そのゆえは、有言の仏説は浅薄なり。

名、相にわたれるがごとし。

無言説にして拈華瞬目する、これ、密語、施設の時節なり。

百万衆は不得、領覧なり。

このゆえに、百万衆のために、密語なり。

迦葉、不覆蔵というは、世尊の拈華瞬目を、迦葉、さきより、しれるがごとく破顔微笑するゆえに、迦葉におおせて不覆蔵というなり。

これ、真訣なり、と箇箇、相伝しきたれるなり。


これをききて、まこととおもうともがら、稲麻竹葦のごとく九州に叢林をなせり。

あわれむべし。

仏祖の道の破廃せること、もととして、これより、おこる。

明眼漢、まさに、一一に勘破すべし。

もし世尊の有言を浅薄なりとせば、拈華瞬目も浅薄なるべし。

世尊の有言もし名、相なりとせば、学仏法の漢にあらず。

有言は、名、相なることをしれりといえども、世尊に名、相なきことをいまだしらず。

凡情の未脱なるなり。

仏祖は、

身心の所通、みな、脱落なり。

説法なり。

有言説なり。

転法輪す。

これを見聞して得益するもの、おおし。

信行、法行のともがら、有仏祖所に化をこうむり、無仏祖所に化にあずかるなり。

百万衆、かならずしも拈華瞬目を拈華瞬目と見聞せざらんや?

迦葉と斉肩なるべし。

世尊と同生なるべし。

百万衆と、

同参なるべし。

同時、発心なるべし。

同道なり。

同国土なり。

有知の智をもって見仏聞法し、無知の智をもって見仏聞法す。

はじめて一仏をみるより、すすみて恒沙仏をみる。

一一の仏会上、ともに、百万億衆なるべし。

各各の諸仏、ともに、拈華瞬目の開演、おなじときなるを見聞すべし。

眼処、くらからず。

耳処、聡利なり。

心眼あり。

身眼あり。

心耳あり。

身耳あり。

迦葉の破顔微笑、爾、作麼生、会?

試、道、看。

なんだちが、いうがごとくならば、これも密語といいぬべし。

しかあれども、これを不覆蔵という。

至愚の、かさなれるなり。


のちに、世尊、いわく、

吾有、正法眼蔵、涅槃妙心、付属、摩訶迦葉。


かくのごとくの道取、これ、有言なりや? 無言なりや?

世尊もし有言をきらい、拈華を愛せば、のちにも拈華すべし。

迦葉なんぞ会取せざらん?

衆会なんぞ聴取せざらん?

かくのごときともがらの説話、もちいるべからず。

おおよそ、世尊に密語あり、密行あり、密証あり。

しかあるを、愚人、おもわく、

密は、他人の、しらず、みずからは、しり、しれる人あり、しらざる人あり、と。


西天、東地、古往今来、おもい、いうは、いまだ仏道の参学あらざるなり。

もし、かくのごとくいわば、世間、出世間の学業なきもののうえには密は、おおく、遍学のものは、密は、すくなかりぬべし。

広聞のともがらは、密あるべからざるか?

いわんや、天眼、天耳、法眼、法耳、仏眼、仏耳、等を具せんときは、すべて、密語、密意あるべからず、というべし。

仏法の密語、密意、密行、等は、この道理にあらず。

人にあう時節、まさに、密語をきき、密語をとく。

おのれをしるとき、密行をしるなり。

いわんや、仏祖、よく、上来の密意、密語を究弁す。

しるべし。

仏祖なる時節、まさに、密語、密行、きおい現成するなり。

いわゆる、密は、

親密の道理なり。

無間断なり。

蓋、仏祖なり。

蓋、汝なり。

蓋、自なり。

蓋、行なり。

蓋、代なり。

蓋、功なり。

蓋、密なり。

密語の、密人に相逢する、仏眼、也、覰、不見なり。

密行は、自他の所知にあらず。

密我、ひとり、能、知す。

密他、おのおの不会す。

密却、在、汝辺のゆえに、全靠密なり、一、半靠密なり。

かくのごとくの道理、あきらかに功夫、参学すべし。

おおよそ、為、人の所所、弁肯の時節、かならず、挙似、密なる、それ、仏仏、祖祖の正嫡なり。

而今、是、甚麼時節のゆえに、自己にも密なり、他己にも密なり、仏祖にも密なり、異類にも密なり。

このゆえに、密頭上、あらたに密なり。

かくのごとくの教行証、すなわち、仏祖なるがゆえに、透過、仏祖密なり。

しかあれば、透過、密なり。


雪竇師翁、示、衆、曰、

世尊、有、密語、迦葉、不覆蔵。

一夜、落華。

雨、満、城、流、水、香。


而今、雪竇、道の一夜、落華、雨、満、城、流、水、香。それ、親密なり。

これを挙似して、仏祖の眼睛、鼻孔を𢮦点すべし。

臨済、徳山のおよぶべきところにあらず。

眼睛裏の鼻孔を参開すべし。

耳処の鼻頭を尖聡ならしむるなり。

いわんや、耳、鼻、眼睛裏、ふるきにあらず、あらたなるにあらざる、渾身心ならしむ。

これを華雨、世界起の道理とす。

師翁、道の満、城、流、水、香。それ、蔵、身、影、弥、露なり。

かくのごとくあるがゆえに、仏祖家裏の家常には、世尊、有、密語、迦葉、不覆蔵を参究、透過するなり。

七仏、世尊、ほとけごとに而今のごとく参学す。

迦葉、釈迦、おなじく、而今のごとく究弁しきたれり。


正法眼蔵 密語

爾時、寛元元年癸卯、九月二十日、在、越州、吉田県、吉峰古精舎、示、衆。

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