正法眼蔵 大悟
仏仏の大道つたわれて綿密なり。
祖祖の功業あらわれて平展なり。
このゆえに、
大悟、現成し、
不悟、至道し、
省悟、弄悟し、
失悟、放行す。
これ、仏祖、家常なり。
挙拈する使得十二時あり。
抛却する被使十二時あり。
さらに、この関棙子を跳出する弄泥団もあり、弄精魂もあり。
大悟より、仏祖、かならず、恁麼、現成する参学を究竟すといえども、大悟の渾悟を仏祖とせるにはあらず、仏祖の渾仏祖を渾大悟なりとにはあらざるなり。
仏祖は、大悟の辺際を跳出し、
大悟は、仏祖より向上に跳出する面目なり。
しかあるに、人根に多般あり。
いわく、生知。
これは、生じて生を透脱するなり。
いわゆるは、生の初中後際に体究なり。
いわく、学而知。
これは、学して自己を究竟す。
いわゆるは、学の皮肉骨髄を体究するなり。
いわく、仏知者あり。
これは、生知にあらず、学知にあらず。
自他の際を超越して、遮裏に無端なり、自他知に無拘なり。
いわく、無師知者あり。
善知識によらず、経巻によらず、性によらず、相によらず、自を撥転せず、他を回互せざれども露、堂堂なり。
これらの数般、ひとつを利と認じ、ふたつを鈍と認ぜざるなり。
多般、ともに、多般の功業を現成するなり。
しかあれば、いずれの情、無情か、生知にあらざらん? と参学すべし。
生知あれば、生悟あり、生証明あり、生修行あり。
しかあれば、仏祖、すでに調御丈夫なる。
これを生悟と称しきたれり。
悟を拈来せる生なる(が)ゆえに、かくのごとし。
参飽、大悟する生悟なるべし。
拈悟の学なるゆえに、かくのごとし。
しかあれば、すなわち、
三界を拈じて大悟す。
百草を拈じて大悟す。
四大を拈じて大悟す。
仏祖を拈じて大悟す。
公案を拈じて大悟す。
みな、ともに、大悟を拈来して、さらに大悟するなり。
その正当恁麼時は、而今なり。
臨済院、慧照大師、云、
大唐国裏、覓、一人不悟者、難得。
いま、慧照大師の道取するところ、正脈しきたれる皮肉骨髄なり。
不是( or 不足)あるべからず。
大唐国裏というは、自己眼睛裏なり、尽界にかかわれず、塵刹にとどまらず。
遮裏に不悟者の一人をもとむるに難得なり。
自己の昨、自己も不悟者にあらず。
他己の今、自己も不悟者にあらず。
山人水人の古今、もとめて不悟を要するに、いまだ、えざるべし。
学人、かくのごとく臨済の道を参学せん。
虚、度、光陰なるべからず。
しかも、かくのごとくなりといえども、さらに祖宗の懐業を参学すべし。
いわく、しばらく、臨済に問すべし。
不悟者、難得のみをしりて、悟者、難得をしらずば、未、足、為、是なり。
不悟者、難得をも参究せると、いいがたし。
たとえ一人の不悟者をもとむるには難得なりとも、半人の不悟者ありて面目、雍容、巍巍、堂堂なる、相見しきたるや? いまだしや?
たとえ大唐国裏に一人の不悟者をもとむるに難得なるを究竟とすることなかれ。
一人、半人のなかに両、三箇の大唐国をもとめ、こころみるべし。(難得なりや? 難得にあらずや?)
この眼目をそなえんとき、参飽の仏祖なり、とゆるすべし。
京兆、華厳寺、宝智大師、(嗣、洞山。諱、休静。)
因、僧、問、
大悟底人、却迷時、如何?
師、曰、
破鏡、不重、照。
落華、難、上、樹( or 枝)。
いまの問所は、問所なりといえども、示衆のごとし。
華厳の会にあらざれば、開演せず。
洞山の嫡子にあらざれば、加被すべからず。
まことに、これ、参飽、仏祖の方席なるべし。
いわゆる、大悟底人は、もとより大悟なりとにはあらず、余外に大悟して、たくわうるにあらず。
大悟は、公界におけるを、末上の老年に相見するにあらず。
自己より強為して牽挽、出来するにあらざれども、かならず、大悟するなり。
不迷なるを大悟とするにあらず。
大悟の種草のために、はじめて迷者とならん、と擬すべきにもあらず。
大悟人、さらに大悟す。
大迷人、さらに大悟す。
大悟人あるがごとく、大悟仏あり、大悟地水火風空あり、大悟露柱灯籠あり。
いまは、大悟底人と問取するなり。
大悟底人、却迷時、如何? の問取、まことに、問取すべきを問取するなり。
華厳、きらわず叢席に慕古す。
仏祖の勲業なるべきなり( or べし)。
しばらく、功夫すべし。
大悟底人の却迷は、不悟底人と一等なるべしや?
大悟底人、却迷の時節は、
大悟を拈来して、迷を造作するか?
他那裏より迷を拈来して、大悟を蓋覆して却迷するか?
また、大悟底人は、一人にして、大悟をやぶらずといえども、さらに却迷を参ずるか?
また、大悟底人の却迷というは、さらに一枚の大悟を拈来するを却迷とするか?
と、かたがた参究すべきなり。
また、大悟、也、一隻手なり、却迷、也、一隻手なるか?
いかようにても、大悟底人の却迷ありと聴取するを参来の究徹なりとしるべし。
却迷を親曾ならしむる大悟ありとしるべきなり。
しかあれば、
認、賊、為、子を却迷とするにあらず。
認、子、為、賊を却迷とするにあらず。
大悟は、認、賊、為、賊なるべし。
却迷は、認、子、為、子なり。
多所、添、些子を大悟とす。
少所、減、些子、これ、却迷なり。
しかあれば、却迷者を摸著して把定了に大悟底人に相逢すべし。
而今の自己、これ、却迷なるか? 不迷なるか? 𢮦点、将来すべし。
これを参見、仏祖とす。
師、云、破鏡、不重、照。落華、難、上、樹。
この示衆は、破鏡の正当恁麼時を道取するなり。
しかあるを、未破鏡の時節にこころをつかわして、しかも、破鏡のことばを参学するは、不是なり。
いま、華厳、道の破鏡、不重、照。落華、難、上、樹。の宗旨は、
大悟底人、不重、照といい、
大悟底人、難、上、樹といいて、
大悟底人、さらに却迷せず、
と道取する、と会取しつべし。
しかあれども、恁麼の参学にあらず。
人の、おもうがごとくならば、大悟底人、家常、如何? とら、問取すべし。
これを答話せんに、有、却迷時とら、いわん。
而今の因縁、しかにはあらず。
大悟底人、却迷時、如何? と問取するがゆえに、正当却迷時を未審するなり。
恁麼時節の道取、現成は、破鏡、不重、照なり、落華、難、上、樹なり。
落華の、まさしく、落華なるときは、百尺の竿頭に昇進するとも、なお、これ、落華なり。
破鏡の正当破鏡なるゆえに、そこばくの活計、見成すれども、おなじく、これ、不重、照の照なるべし。
破鏡と道取し、落華と道取する宗旨を拈来して、大悟底人、却迷の時節を参取すべきなり。
これは、大悟は作仏のごとし、却迷は衆生のごとし、還、作衆生といい、従、本、垂迹とら、いうがごとく、学すべきにはあらざるなり。
かれは、大覚をやぶりて衆生となるがごとく、いう。
これは、大悟やぶる(る)といわず、大悟うせぬるといわず、迷きたるといわざるなり。
かれらに、ひとしむべからず。
まことに、大悟、無端なり、却迷、無端なり。
大悟を罣礙する迷あらず。
大悟、三枚を拈来して、小迷、半枚をつくるなり。
ここをもって、
雪山の、雪山のために大悟するあり。
木、石は、木、石をかりて大悟す。
諸仏の大悟は、衆生のために大悟す。
衆生の大悟は、諸仏の大悟を大悟す。
前後にかかわれざるべし。
而今の大悟は、
自己にあらず。
他己にあらず。
きたるにあらざれども、填、溝、塞、壑なり。
さるにあらざれども、切、忌、随他覓なり。
なにとしてか、恁麼なる?
いわゆる、随他去なり。
京兆米胡、和尚、令、僧、問、仰山、
今時人、還、仮、悟? 否?
仰山、云、
悟、即、不無。
爭奈、落、第二頭、何?
僧、回、挙似、米胡。
胡、深、肯、之。
いわくの、今時は、人人の而今なり。
令、我、念、過去、未来、現在、いく千、万なりとも、今時なり、而今なり。
人の分上は、かならず、今時なり。
あるいは、眼睛を今時とせるあり。
あるいは、鼻孔を今時とせるあり。
還、仮、悟? 否?
この道をしずかに参究して、胸襟にも換却すべし、頂𩕳にも換却すべし。(「𩕳」は「寧頁」という一文字の漢字です。)
近日、大宋国、禿子、等、いわく、悟道、是、本、期。
かくのごとく、いいて、いたずらに待、悟す。
しかあれども、仏祖の光明にてらされざるがごとし。
ただ真善知識に参取すべきを、懶堕にして蹉過するなり。
古仏の出世にも、度脱せざりぬべし。
いまの、還、仮、悟? 否? の道取は、
さとりなしといわず。
ありといわず。
きたるといわず。
かるや? いなや? という。
今時人の悟りは、いかにして、悟れるぞ? と道取せんがごとし。
たとえば、悟りを得といわば、日頃は、無かりつるか? とおぼゆ。
悟り、来たれりと言わば、日頃は、その悟り、いずれの所にありけるぞ? とおぼゆ。
悟りと成れりと言わば、悟り、初め有り、とおぼゆ。
かくのごとく言わず、かくのごとくならずといえども、悟りのありようを言う時に、悟りをかるや? とは言うなり。
しかあるを、悟りというは、第二頭へ堕つるを、いかんがすべき? と言いつれば、第二頭も悟りなり、と言うなり。
第二頭というは、
悟りに成りぬると言いや?
悟りを得と言いや?( or 言うや?)
悟り来たれりと言わんがごとし。
成りぬと言うも、来たれりと言うも、悟りなりと言うなり。
しかあれば、第二頭に堕つる事をいたみながら、第二頭を無からしむるがごとし。
悟りの成れらん第二頭は、また、真の第二頭なりとも、おぼゆ。
しかあれば、たとえ第二頭なりとも、たとえ百、千頭なりとも、悟りなるべし。
第二頭あれば、これより上に第一頭の有るを残せるにはあらぬなり。
たとえば、昨日の我を我とすれども、昨日は今日を第二人と言わんがごとし。
而今のさとり、昨日にあらずと言わず、今、始めたるにあらず、かくのごとく参取するなり。
しかあれば、大悟頭、黒なり、大悟頭、白なり。
正法眼蔵 大悟
爾時、仁治三年壬寅、春、正月二十八日、住、観音導利院興聖宝林寺、示、衆。
而今、寛元二年甲辰、春、正月二十七日、駐錫、越宇、吉峰古寺、而、書、示、於、人、天、大衆。
同二年甲辰、春、三月二十日、侍、越宇、吉峰精舎、堂奥次、書写、之 懐弉。
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