正法眼蔵 神通
かくのごとくなる神通は、仏家の茶飯なり。
諸仏、いまに懈倦せざるなり。
これに、六神通あり、一神通あり、無神通あり、最上神通あり。
朝打、三千なり、暮打、八百なるを為体とせり。
与、仏、同生せりといえども、仏にしられず、
与、仏、同滅すといえども、仏をやぶらず。
上天に同条なり、下天にも同条なり。
修行、取、証、みな、同条なり。
同、雪山なり、如、木、石なり。
過去の諸仏は、釈迦牟尼仏の弟子なり、袈裟をささげてきたり、塔をささげきたる。
このとき、釈迦牟尼仏、いわく、諸仏、神通、不可思議なり。
しかあれば、しりぬ。
現在、未来も、亦復、如是なり。
大潙禅師は、釈迦如来より直下三十七世の祖なり。
百丈、大智の嗣法なり。
いまの仏祖、おおく、十方に出興せる、大潙の遠孫にあらざるなし。
すなわち、大潙の遠孫なり。
大潙、あるとき、臥せるに、仰山、来参す。
大潙、すなわち、転面、向壁、臥す。
仰山、いわく、
慧寂、これ、和尚の弟子なり。
形跡、もちいざれ。
大潙、おくる勢をなす。
仰山、すなわち、いづるに、大潙、召して、
寂子。
と、めす。
仰山、かえる。
大潙、いわく、
老僧、ゆめをとかんをきくべし。
仰山、こうべをたれて、聴勢をなす。
大潙、いわく、
わがために原、夢せよ、みん。
仰山、一盆の水、一条の手巾をとりて、きたる。
大潙、ついに洗面す。
洗面しおわりて、わずかに坐するに、香厳きたる。
大潙、いわく、
われ、適来、寂子と、一上の神通をなす。
不同、小小なり。
香厳、いわく、
智閑、下面にありて、了了に得知す。
大潙いわく、
子、
こころみに道取すべし。
香厳、すなわち、一碗の茶を点来す。
大潙、ほめて、いわく、
二子の神通、智慧、はるかに、鶖子、目連よりも、すぐれたり。
仏家の神通をしらんとおもわば、大潙の道取を参学すべし。
不同、小小のゆえに、作、是、学、者、名、為、仏学。不、是、学、者、不、名、仏学なるべし。
嫡嫡、相伝せる神通、智慧なり。
さらに、西天竺国の外道、二乗の神通、および、論師、等の所学を学することなかれ。
いま、大潙の神通を学するに、無上なりといえども、一上の見聞あり。
いわゆる、臥次より、このかた、転面、向壁、臥あり、起勢あり、召、寂子あり、説、箇夢あり、洗面了、纔坐あり、仰山、又、低頭、聴あり、盆、水、来、手巾、来あり。
しかあるを、大潙、いわく、われ、適来、寂子と、一上の神通をなす、と。
この神通を学すべし。
仏法正伝の祖師、かくのごとく、いう。
説夢洗面といわざることなかれ。
一上の神通なり、と決定すべし。
すでに不同、小小という。
小乗、小量、小見におなじかるべからず。
十聖三賢、等に同ずべきにあらず。
かれら、みな、小神通をならい、小身量のみをえたり。
仏祖の大神通におよばず。
これ、仏神通なり。
仏向上神通なり。
この神通をならわん人は、魔、外にうごかざるべからざるなり。
経師、論師、いまだ、きかざるところ、きくとも信受しがたきなり。
二乗、外道、経師、論師、等は小神通をならう、大神通をならわず。
諸仏は大神通を住持す、大神通を相伝す。
これ、仏神通なり。
仏神通にあらざれば、
盆、水、来、手巾、来せず。
転面、向壁、臥なし。
洗面了、纔坐なし。
この大神通のちからにおおわれて、小神通、等もあるなり。
大神通は小神通を接す。
小神通は大神通をしらず。
小神通というは、いわゆる、毛、呑、巨海。芥、納、須弥。なり。
また、身上、出水。身下、出火。等なり。
また、五通、六通、みな、小神通なり。
これらのやから、仏神通は夢也未見聞在なり。
五通、六通を小神通ということは、五通、六通は、
修、証に染汚せられ、
際断を時、所にうるなり。
在生にありて、身後に現ぜず。
自己にありて、他人にあらず。
此土に現ずといえども、他土に現ぜず。
不現に現ずといえども、現時に現ずることをえず。
この大神通は、しかあらず。
諸仏の教行証、おなじく、神通に現成せしむるなり。
ただ諸仏の辺に現成するのみにあらず、仏向上にも現成するなり。
神通仏の化儀、まことに、不可思議なるなり。
有身よりさきに現ず。
現の三際にかかわ(ら)れぬあり。
仏神通にあらざれば、諸仏の発心、修行、菩提、涅槃、いまだ、あらざるなり。
いまの無尽法界海の常、不変なる、みな、これ、仏神通なり。
毛、呑、巨海のみにあらず。
毛、保任、巨海なり。
毛、現、巨海なり。
毛、吐、巨海なり。
毛、使、巨海なり。
一毛に尽法界を呑却し吐却するとき、ただし、一尽法界、かくのごとくなれば、さらに尽法界あるべからず、と学することなかれ。
芥、納、須弥、等も、また、かくのごとし。
芥、吐、須弥、および、芥、現、法界無尽蔵海にてもあるなり。
毛、吐、巨海、芥、吐、巨海するに、一念にも吐却す、万劫にも吐却するなり。
万劫、一念、おなじく、毛、芥より吐却せるがゆえに、毛、芥は、さらに、なによりか、得せる?
すなわち、これ、神通より得せるなり。
この得、すなわち、神通なるがゆえに、ただ、まさに、神通の、神通を出生するのみなり。
さらに、三世の存没、あらず、と学すべきなり。
諸仏は、この神通のみに遊戯するなり。
龐居士、蘊公は、祖席の偉人なり。
江西、石頭の両席に参学せるのみにあらず。
有道の宗師に、おおく、相見し、相逢しきたる。
あるとき、いわく、
神通、並妙用、運水、及、搬柴。
この道理、よくよく参究すべし。
いわゆる、運水とは、水を運載しきたるなり。
自作自為あり、他作教他ありて、水を運載せしむ。
これ、すなわち、神通仏なり。
しることは有時なりといえども、神通は、これ、神通なり。
人のしらざるには、その法の廃するにあらず、その法の滅するにあらず。
人はしらざれども、法は法爾なり。
運水の、神通なり、としらざれども、神通の、運水なるは、不退なり。
搬柴とは、たきぎをはこぶなり。
たとえば、六祖のむかしのごとし。
朝打、三千にも神通としらず、暮打、八百にも神通とおぼえざれども、神通の現成なり。
まことに、諸仏、如来の神通、妙用を見聞するは、かならず、得道すべし。
このゆえに、一切諸仏の得道、かならず、この神通力に成就せるなり。
しかあれば、いま、小乗の出水、たとえ小神通なりというとも、運水の大神通なることを学すべし。
運水、搬柴は、いまだ、すたれざるところ、人、さしおかず。
ゆえに、むかしより、いまにおよぶ、これより、かれに、つたわれり。( or つたわりて、)
須臾も退転せざるは、神通、妙用なり。
これは大神通なり。
小小と、おなじかるべきにあらず。
洞山、悟本大師、そのかみ、雲巌に侍せりしとき、雲巌、とう、
いかなるか、これ、价子、神通、妙用?
ときに、洞山、叉手、近前、而、立。
また、雲巌、とう、
いかならんか、神通、妙用?
洞山、ときに、珍重、而、出。
この因縁、まことに、神通の承、言、会、宗なるあり。
神通の事、存、函、蓋、合なるあり。
まさに、しるべし。
神通、妙用は、
まさに、児孫あるべし、不退なるものなり。
まさに、高祖あるべし、不進なるものなり。
いたずらに外道、二乗に、ひとしかるべき、とおもわざれ。
仏道に身上、身下の神変、神通あり。
いま、尽十方界は、沙門、一隻の真実、体なり。
九山八海、乃至、性海、薩婆若海水、しかしながら、身上、身下(、身中)の出水なり。
また、非身上、非身下、非身中の出水なり。
乃至、出火も、また、かくのごとし。
ただ水、火、風、等のみにあらず。
身上、出仏なり、身下、出仏なり。
身上、出祖なり、身下、出祖なり。
身上、出、無量、阿僧祇劫なり、身下、出、無量、阿僧祇劫なり。
身上、出、法界海なり。
身上( or 身下)、入、法界海なるのみにあらず。
さらに、世界、国土を吐却、七、八箇し、呑却、両、三箇せんことも、また、かくのごとし。
いま、四大、五大、六大、諸大、無量大、おなじく、出なり、没なる、神通なり、呑なり、吐なる神通なり。
いまの、大地、虚空の面面なる、呑却なり、吐却なり、芥に転ぜらるるを力量とせり、毛にかかれるを力量とせり。
識、知のおよばざるより、同生して、識、知のおよばざるを住持し、識、知のおよばざるに実帰す。
まことに、短長にかかわれざる、仏神通の変相、ひとえに測量を挙して擬するのみならんや?
むかし、五通仙人、ほとけに事奉せしとき、仙人、とう、
仏、有、六通。
我、有、五通。
如何、是、那一通?
ほとけ、ときに、仙人を召して、いう、
五通仙人。
仙人、応諾す。
仏、言、
那一通、爾、問、我。
この因縁、よくよく参究すべし。
仙人、いかでか、仏、有、六通としる?
仏、有、無量、神通、智慧なり。
ただ六通のみにあらず。
たとえ六通のみをみるというとも、六通も、きわむべきにあらず。
いわんや、その余の神通におきて、いかでか、ゆめにもみん?
しばらく、とう、仙人、たとえ釈迦、老師をみるというとも、見仏すや? いまだしや? というべし。
たとえ見仏すというとも、釈迦、老師をみるや? いまだしや?
たとえ釈迦、老師をみることをえ、たとえ見仏すというとも、五通仙人をみるや? いまだしや?
と問著すべきなり。
この問所に用、葛藤を学すべし、葛藤、断を学すべし。
いわんや、仏、有、六通、しばらく、隣、珍を算数するに、およばざるか?( or およばざるなり。)
いま、釈迦、老師、道の那一通、爾、問、我のこころ、いかん?
仙人に那一通ありといわず、仙人になしといわず。
那一通の通塞は、たとえ、とくとも、仙人、いかでか、那一通を通ぜん?
いかんとなれば、仙人に五通あれど、仏、有、六通のなかの五通にあらず。
仙人通は、たとえ仏通の所通に通破となるとも、仙通、いかでか、仏通を通ずることをえん?
もし仙人、仏の一通をも通ずることあらば、この通より仏を通ずべきなり。
仙人をみるに仏通に相似せるあり、仏儀をみるに仙通に相似せることあるは、仏儀なりといえども、仏神通にあらず、としるべきなり。
通ぜざれば、五通みな、仏と、おなじからざるなり。
たちまちに那一通をとう、なにの用か、ある? となり。
釈迦、老師のこころは、一通をも、とうべし、となり。
那一通をとい、那一通をとうべし、一通も仙人は、およぶところなし、となり。
しかあれば、仏神通と余者通とは、神通の名字、おなじといえども、神通の名字、はるかに殊異なり。
ここをもって、
臨済院、慧照大師、云、
古人、云、
如来、挙、身相、為、順、世間情。
恐、人、生、断見、権、且、立、虚名。
仮、言、三十二、八十、也、空声。
有身、非、覚体。
無相、乃、真形。
爾、道、仏、有、六通、是、不可思議。
一切諸天、神仙、阿修羅、大力鬼、亦、有、神通、応、是、仏? 否?
道流、
莫、錯。
祗、如、阿修羅、与、天帝釈、戦、戦敗、領、八万四千眷属、入、藕孔中、蔵、莫、是、聖? 否?
如、山僧、所挙、皆、是、業通(、依通)。
夫、如、仏六通、者、不然。
入、色界、不被、色惑。
入、声界、不被、声惑。
入、香界、不被、香惑。
入、味界、不被、味惑。
入、触界、不被、触惑。
入、法界、不被、法惑。
所以、達、六種、色声香味触法、皆、是、空相、不能、繋縛。
此、無依道人。雖、是、五蘊漏質、便是、地、行、神道。
道流、
真仏、無形。
真法、無相。
爾、祗、麼、幻化上頭、作模作様。
設、求得、者、皆、是、野狐精、魅、並、不是、真仏、是、外道、見解。
しかあれば、諸仏の六神通は、一切諸天、鬼神、および、二乗、等の、およぶべきにあらず、はかるべきにあらざるなり。
仏道の六通は、仏道の仏弟子のみ、単伝せり。
余人の相伝せざるところなり。
仏六通は仏道に単伝す。
単伝せざるは、仏六通をしるべからざるなり。
仏六通を単伝せざらんは、仏道人なるべからず、と参学すべし。
百丈、大智禅師、云、
眼耳鼻舌、各各、不貪染、一切有無諸法、是、名、受持四句偈、亦、名、四果。
六入、無、跡、亦、名、六神通。
祗、如今、但、不被、一切有無諸法礙、亦、不依住、知、解、是、名、神通。
不守、此神通、是、名、無神通。
如、云、無神通菩薩、蹤跡、不可得尋、是、仏向上人、最不可思議人、是、自己、天。
いま、仏仏、祖祖、相伝せる神通、かくのごとし。
諸仏神通は、仏向上人なり、最不可思議人なり、是、自己、天なり、無神通菩薩なり。
知、解、不依住なり、神通、不守、此なり、一切諸法、不被、礙なり。
いま仏道に六神通あり。
諸仏の伝持しきたれること、ひさし。
一仏も、伝持せざる、なし。
伝持せざれば、諸仏にあらず。
その六神通は、六入を、無、跡に、あきらむるなり。
無、跡というは、古人の、いわく、六般神用、空、不空、一顆、円光、非、内外。
非、内外は無、跡なるべし。
無、跡に、修行し、参学し、証入するに、六入を動著せざるなり。
動著せずというは、動著するもの、三十棒分あるなり。
しかあれば、すなわち、六神通、かくのごとく参究すべきなり。
仏家の嫡嗣にあらざらん、だれが、このことわりあるべし、とも、きかん?
いたずらに向外の馳走を帰家の行履とあやまれるのみなり。
また、四果は、仏道の調度なりといえども、正伝せる三蔵なし。
算、沙のやから、跉跰のたぐい、いかでか、この果実をうることあらん?
得、小、為、足の類、いまだ参究の、達せるにあらず。
ただ、まさに、仏仏、相承せるのみなり。
いわゆる、四果は、受持、四句偈なり。
受持、四句偈というは、一切有無諸法におきて、眼耳鼻舌、各各、不貪染なるなり。
不貪染は、不染汚なり。
不染汚というは、平常心なり、吾、常、於、此、切なり。
六通、四果を仏道に正伝せる、かくのごとし。
これと相違あらん( or せん)は、仏法にあらざらん( or あらず)、としるべきなり。
しかあれば、仏道は、かならず、神通より達するなり。
その達する、涓滴の、巨海を呑吐する、微塵の、高嶽を拈放する、だれが疑著することをえん?
これ、すなわち、神通なるのみなり。
正法眼蔵 神通
爾時、仁治二年辛丑、十一月十六日、在、於、観音導利興聖宝林寺、示、衆。
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