後編


 一人、バス停のベンチに座り直す。

 雪を眺めて手持ち無沙汰そうにする。

「あ、……」

 バスが一台近づいてくる。

 髪を整えて、マフラーを巻きなおす。

 バスが止まり、一人降りてくる。

「おおっ、びっくりした。まさかずっと待っていたのか」

「うん」

「寒かっただろ」

「ううん。これ、貰ったやつ」

 自分のマフラーを掴む。

「使ってくれてるんだな」

「もちろん」

 二人で歩き出す。

「なかなか帰れなくてごめんね。俺も最近忙しくて。そっちの勉強の方はどう?」

「うん、順調。あともう少しで資格取れそうだから、そしたら……」

「実家を継ぐの?」

「……うん」

「そっか。そうしたら……」

 一呼吸置く。

「こうして待たせることもなくなるな」

「私は結構好きだよ。この時間」

「風邪でもひいたら困るだろ」

「大丈夫だよ。これがあるから」

「お前マフラーを過信し過ぎだ。手袋もしてないし……。お前、その傘ボロボロじゃないか。新しいやつ買ったらどうだ」

「これ、気に入ってるの」

「最近は良く降るから。新しいの買ってやろうか?」

「ううん。いい」

「……にしても、お前が実家を継ぐとはねえ。予想外と言うか予想どおりと言うか」

「どういう意味?」

「ほらお前、大学の時、なんか親とあんまり良くなさそうだったじゃん。それで、私も一人暮らししたいって」

「結局しなかったけどね」

「今考えてみれば、あれで良かったんじゃない?」

「まあ……」

「そうだお前、あいつはどうしてるんだ?確かあいつと仲良くなり出してからじゃなかったか、お前が一人暮らししたいとか言い出したの」

「いや、別に……、それは前から思ってたことだし」

「どっちにしろ無理だったと思うけどな。親と喧嘩して一人上京なんてお前には」

「あの子と比べないでくれる」

「ああ、悪い悪い。それで最近は?デザイナー?だったっけ」

「うん。なんかいい感じみたいよ。この前会ったら、大きな仕事が決まった、とかなんとか」

「デザイナーの大きな仕事ってなんだよ」

「さあ?それよりさ……」

「あいつと最後に会ったのは葬式の時以来だからなあ。今度時間作って様子でも見に行くかな」

「邪魔しない方がいいんじゃないの?忙しいみたいよ」

「ああ、確かにそうかもな」

「うん、そうだよ」

「お前は会ったりしないのか?」

「私はそんなに、デザインとか、そっちの方には興味ないし……」

「じゃなくて。他にも話すことあるだろ」

「え、ああ……うん、まあ。それはそうとさ、この前の……」

「お前さ、なんか話逸らそうとしてない?」

「え?」

 歩をとめる。

「なんかあったの?」

 続いて少し先で立ち止まる。

「……何もないよ。本当に」

「えっと……、まあ、あんまり比べるなよ。お前だっていっぱい努力して独り立ちできるように頑張ってるじゃないか。だからさ、そんなに……」

「誰が好きで実家をなんか継ぐの?」

「……」

「誰が好きで親の言いなりなったりするの!」

「別にそういう意味で言った訳じゃ……」

 勢い良く走り出す。

「おい!ちょっと待って……」



 雪の降る中屋内へと駆け込む。

「ああ、くそ。悪い遅くなった」

「遅かったな」

 最前列に一人で座っている友人に向かって話す。

「思ったより人が多くて、時間がかかった」

「そうか。愛されてたんだな」

「……そっちは話をしてきたのか?」

「ああ、一応な」

「それで、子供はどうするって?」

「とりあえず彼女の親御さんがあずかるそうだが、あの人たちももう年だ。それにお父さんは認知症を患ってる。他に親戚もいないし……」

「誰かが預からないといけない?」

「そうだ……」

 隣りに座る。

「なあお前、あいつと仲良かったろ。大学卒業した後付き合ってたそうじゃないか」

「昔の話だ」

「家族とだってある程度は面識あるだろ」

「それはお前だって」

「俺は、無理だ!分かるだろ?」

 急に立ち上がる。

「お前まさか、そのために俺を残したのか?このためだけに」

「違う、そう言うんじゃなくてだな……」

「俺にその資格があるんだったら喜んで引き受けるよ」

「ええ?」

「でも、残念ながら俺にはできない」

「なんで?」

「俺にその資格はない」

「何言ってんだお前」

「あいつの死因聞いたか?」

「過労が原因で事故ったって……」

「そうだ。たった一人で子供のために頑張ってた。俺は何も気付かなかった」

「それは……お前だけじゃない。俺だって……」

「いや違う。俺が彼女を不幸にした。頑張り続けなければならない呪いをかけたんだ。あの雪の日に……」

「だから何言ってんだよおまえ」

「俺はもうあの子に合わせる顔がないよ。本当に申し訳ないけど」

 そう言って立ち上がる。

「お前もあの子に寂しい思いをさせたくないだろ」

「だったら自分が引き取ればいいじゃないか!」

「それができないからこうしてお前に頼んでんだろ!」

「もういい、……好きにしろ」

「おい!どこに行くんだよ」

「片付けの手伝いしてくる」



「ったく……」

 また座り込み目を瞑る。

「おじさん!」

 誰かが部屋に入ってくる。

「ん?」

「おじさん、またお昼寝してたの?」

「ああ、お前か」

「だめでしょ、最近寒いんだから。ちゃんと部屋の暖房付けないと」

 部屋の中を探索しだす。

「あれ?リモコンどこにやったの?」

「大丈夫だ。もう下に行くから」

「失くしたままにしておくと、どうせまたつけないでしょ。今のうちに探しておかないと……」

「ふん……。そういえばお前、またコンクールで賞取ったんだって?凄いじゃないか」

「別にそんなに大きな大会じゃないよ」

「規模は関係ない。成し遂げることに意味がある」

「はいはい」

「お前は母さんに似て、楽器が得意なんだからもっと自信を持ちなさい」

「もうそれ言うの何回目?」

「お前は少し遠慮し過ぎる所がある。これから一人で生きていくことになったら自分のことは自分で決めなきゃならん」

「それももう聞き飽きたよ。……あ、リモコンあった」

「なぁ……、もしこの先おじさんが……」

「ねえ、リモコンどこに置いとく?また失くさないようにしないと」

「ああ、その辺の机の上に置いといてくれ」

 机の上を見る。

「机の上もまた片さないと。……ん?なにこれ?アルバム?」

 手に取る。

「こんなのあったんだ。ねえ、これ見てもいい?」

「ああ」

「うわぁ……。あ、これもしかしておじさん?超若いじゃん」

「そりゃあ、昔だからな」

「……ふふっ。なんか面白いね、人のアルバム見るのって」

「別に面白いものなんてないだろ」

「…あ」

 あるページで手を止める。

「ねえ、学生時代のお母さんってどんな感じだったの?」

「お前にそっくりだったよ」

「それは見れば分かるって」

「顔だけじゃなくて。頑張り屋で頭が良くて、少し内気だったが芯のある人だった」

「ふーん。好きだったの?」

「ははっ。好きだったのはおじさんじゃないよ。そこにもう一人写ってるだろ」

「……いっぱいいるけど」

 椅子からゆっくりと立ち上がる。

「おじさんの左隣にいる人だ。お前も会ったことがあるはずなんだが、まあ覚えていないか。ずいぶん昔のことだからな」

「うーん……」

 おもむろに椅子から離れる。

「…………ちょっと出かけてくるよ」

「え!外雪降ってるよ」

「買うもの思い出してな。散歩がてらに」

「ああ……、そう。行ってらっしゃい。滑って転ばないように気を付けてね」

 手早く準備をする。

「そのアルバムはお前にやるよ。半分くらいしか埋まってないだろ、それ。自分で撮った写真を入れるといい」

「えっ、いいの?」

「もう使わないから」

 部屋を出ていく。



 先ほどの椅子に座ってまたアルバムを見返す。

「なに見てるの?」

 部屋に入り隣りに座る。

「写真よ。昔のね」

 アルバムから目を離さずに答える。

「これおばあちゃん?なんか……、へえ……」

「そりゃあ、おばあちゃんにだって若い時ぐらいあります」

 ページを遡る。

「これは誰?」

「私のお父さん。隣にいるのがお母さん。このアルバム、お父さんのお下がりなのよ」

「イ、イケメン!」

「あんたのお母さんが生まれたすぐ後に、食あたりでぽっくりいっちまってねえ」

「へぇ……」

 ページをめくり続ける。

「うわぁ……何これ。古っ」

「そういえば、あんた着替えてるけど、どこか行くのかい?」

「うん。今日遊ぶ約束してるの」

「へぇ!まだこっちに遊びに来て一週間も経ってないのに、もうお友達ができたのかい」

「うん。ナツキちゃんっていうの」

「なつき……。ああ、杉原さんのところの」

「今日はナツキちゃんと雪だるま作るの」

「あんた遊ぶのもいいけど、きちんと宿題やってるの?年が明けたら帰っちゃうんでしょ」

「ちゃんとやってるもん。今日の分はもう終わったから。ケイカクテキにやってるの」

「冬休み最後の日に、泣きながらやることになっても知りませんからね」

「だから大丈夫だって」

 椅子から立ち上がる。

「もう行くのかい?」

「うん」

「傘、忘れずに持って行きなさいね」

「ええ、いらないよ」

「だめ。途中で雨に変わったらどうするの」

「だって、じゃまなんだもん」

 渋々受け取る。

「気を付けるんだよ」

「うん!行ってきます!」

 見送って家に戻る。



 しばらく歩いてベンチに腰掛ける。

 すぐ隣で踏切の音が鳴る。

「あ……」

 線路の向こうを見やる。

「来たかな」

 電車がやってきて、目の前に止まる。

「うーん……」

 電車から次々に降りてくる人の中から待ち人を探す。

「あっ、いた。おーい!こっちこっち!」

 手を振りながら、傘も置きっぱなしで駆け寄っていく。

 振り返らずに、駆け寄っていく。


「ただいま」

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細雪の過客 樫亘 @tukinoihakasa

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