第93話 候補者

 店が方針を変えた。

 営業中の閑散を使い、個人面談かあった。

 相手は、やり手の二十代店長だ。

「最近(指名客の手応えは)どう?」

 ため口の効果を間違えて使う人だ。

「うーん。ぼちぼちですね」

「いいお客さんついてるじゃない」

「誰のことですか?(笑)しつこいのばかりですよ」

「そうかぁー。誘われてもついていっちゃ駄目だよ。引っぱれる所まで引っぱったら切っちゃっていいからね」

と、幼児にするようなアドバイスをされる。

「(言われなくても)そうします」

「うん。……ところで!」

 店長は話を区切ると、ふたつ折りの上質紙を開き、反転させて私に見せた。

 在籍嬢のリストだった。

 嬢によっては源氏名の頭にチェックがついている。

「チェックをつけたのが今後僕が辞めてもらおうと考えている子たちです」

 店長が怪しく笑った。

 ひとまわり以上年上のオバチャンをつかまえて“子”呼ばわりする。

 そこは大手のキャバクラだったが、熟女系に着手して日が浅く、オバチャンの取説

が不十分だった。

「○○(私の源氏名)ちゃんもチェックがつかないように頑張ってください」

「はぁ……」

 恐怖政治だった。

 ホステスは業務委託ゆえ、業務不履行なら、お払い箱は仕方ないのかもしれない。

 にしても、だ。

 多数のクビ候補者を見せつけられたのは、長い水商売人生で、あとにも先にもそれきりだった。

 

 翌月にはチェックされた嬢のほとんどが消えていた。

 それと前後して夕刻、ボーイが最寄り駅前でスカウトをかけていた。

 稼げる新人嬢を見いだせれば、己の考課に有利になるからだ。


 チェックされた“生きのこり”に、口答えせず、淡々とヘルプ(同伴((買い物や食事なとをして客と嬢がいっしょに入店すること))や指名被りの際、手伝いをする嬢)をこなすAちゃんがいた。

 指名がつかないので出勤調整(希望出勤日時を削減される)されている。

 個人面談でもプレッシャーをかけられたはずだ。

 そんな、パッとしないAちゃんが突然、売れだした。

 下戸で、話下手で、髪はバサバサで、ドレスもどどめ色のままだったが、突然、売れだした。

 スピーカー嬢の弁では、Aちゃんが店外デートを乱発しているとのことだった。

 場内指名(フリー客から取る指名)程度の相手となのだから、本指名につながらない空ぶりも多いだろう。

 それでも、成果はあった。

 粘着質に、脂ギッシュに、○チガイに、○社。

 Aちゃんの指名客は誰も彼も特種だった。

 加えて、けちん坊ときた。

 店外デートが無料奉仕なのを考えると、Aちゃんの時給は実質、マイナスだ。

 採算を度外視してまで水商売にぶら下がる必要があるのか?

 深夜のコンビニバイトのほうが効率がいいではないか?

 ……。

 いや、無理だ。

 機敏さがない。

 Aちゃんのみならず、加齢による熟キャバ嬢の処理速度やワーキングメモリーの退化は顕著だ。

 それが元より低い嬢も含め、大半は、ぼさっとしている。

 質の異なる仕事を次から次に捌く、昨今のコンビニ店員が勤まる嬢は、私も含めて皆無だろう。


 売れっ子に転じたAちゃんは出勤調整を解かれた。

 だが、ねちっこい指名客との遅い同伴出勤で高時給(※売上に比例する)をふいにしていた。

 客にNO!と言えない嬢は売れるが、心身を搾取された当人はボロボロだ。

 栄華は長く続かない。

 まもなく、Aちゃんは退店した。

 



 

 








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