第84話 捕まらない男?

 うんうん頷いてくれるだけの嬢を好むのは金を払う客の勝手だ。

 だが、度を超えた言動に黙っていない私とは相性が悪い。

 人様の客なので注意しないが

『んあ!?なんだこの無礼者!』

的なニュアンスぐらいは醸す(笑)。

 すると、己が発端のくせして、客が機嫌を損ねる。

 話しかけても応答しないので、私も黙る。

 これまで、どれほどの女性を不愉快にしてきたのか!?

 とんだ才能だよ!

 ふだん、こいつの横で微笑んでいる指名嬢は

「気持ち悪くて本当に本当に嫌いなの!」

と陰で訴えていた。

 気の毒に。

 ストレスフルで蕁麻疹の症状が出ていた。

 ぽんぽん。

 私は飲み放題のウイスキーボトルの蓋を叩き、つけまわし(嬢を客席につけたり、客席から外したりする係。俯瞰力が試されるため、ある程度のキャリアを要する)に合図した。


 5分前。

「すみません。ちょっとやべぇ奴です」

 つけまわしが顔をしかめた。

「ん?誰?」

 私が初めてつくヘルプ(嬢が同伴((買い物や食事などをして、客と嬢が一緒に入店すること))や指名被りの際に手伝いをする嬢)らしい。

 さっ、と風貌チェックする。

「ぎゃー!無理無理無理無理無理ー!」

“蕁麻疹”の根源だった。

 おまけに私と相性が悪い狐顔だ。

「ちょっとだけお願いします!○○(指名嬢の源氏名)同伴で連絡つかないんで」

 つけまわしが手を合わす。

「えー!マジかー!やだなー。じゃあ限界だったら合図するからすぐ抜いてね」

「了解です!10分でまわすんで!」

 フリーでもヘルプでも、やべぇ奴は嬢どうし“痛みわけ”するのだ。


 ぽんぽんすると、つけまわしが飛んできた。

 10分持たなかったが、人様の客と(大っぴらに)喧嘩しなかっただけ、私としては上出来だ(笑)。

「おじゃましましたー♪」

 いそいそ抜ける。

 結局、指名嬢は同伴が延びて時間内には現れなかった。

 やべぇ奴は延長せず、不機嫌な面で帰っていった。


 翌週のことだ。

 タイムカードを打刻していると、店長が路上の客引きと忙しなくやり取りしていた。

「了解!」

 店長がインカムの柄をつまんだ。

「上がってくる!」

 ふり向いたそばに嬢がいた。

「できれば引きとめて(延長させて)」

 店長が嬢にお願いする。

「わかりました!」

 来店したのはやべぇ奴だった。

 ボーイがおしぽりを持って“いつもの席”に案内する。

 まいどまいど、やべぇ奴が神経質に席を指定していたからだ。

 やべぇ奴が着席する。

 つけまわしが指名嬢を連れていく。

「ご指名ありがとうございます!○○(指名嬢の源氏名)さんです!」


 待機席に座っていると、カウンターにいる店長に手招きされた。

「ん?」

 店長が私に耳打ちする。

「会社の金を横領して逃げてるらしい。今、警察呼んだ。下で待ちぶせて捕まえるって」

 私は無言で目を見ひらいた。

 店長が“シッ!”とジェスチャーする。

 やべぇ奴は勤め先の会社を数日、無断欠勤していた。

 自宅も留守にしているので、所轄の警察が足取りを追っていた。

 現れたら連絡を!と、月数回通うこの店に協力要請していたのだ。

 店長はその旨、指名嬢に伝えていた。

 で

「今日きます!」

「了解!(警察に)連絡します」

という流れだ。


 指名嬢は努めて平静を装った。

 だが、やべぇ奴は不穏を察したのか?延長を拒んだ。

「ありがとう。またねー♪」

 指名嬢が、いつもどおり見おくる。

「今、出ました」

 ふたたび、店長がインカムの柄をつまむ。

 客引きから警官に、即座に情報が伝わる。

 やべぇ奴はエレベーターで階を下った……はずだった。

 だが、待てど暮らせど、エントランスに姿を見せない。

 逃げたか!?

 雑居ビルの各階非常階段の扉には○コムのセキュリティーが作動している。

 いち客が開錠するのは不可能だ。

 ならば、どこから!?

 窓か!? 

 隣のビル壁に面した窓は施錠されておらず、換気や煙草飲みのために開放されていた。

 その、煤だらけの間隙を縫っていったのか!?

 やべぇ奴の惨めな姿が目に浮かんだ。

 逃げきったのか?

 捕まったのか?

 その後の足取りは不明だった……。







 

 





 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る