第83話 借りてきた猫

 クラブ出身の彼女は“おしぼり”にこだわった。

「外からきた手を拭いてるんですよ?出しっぱなしって不衛生じゃないですか?」

 キャバクラでは客が来店→着席すると、案内係のボーイが跪き、おしぼりを渡す。

 客が無造作に放ったそれは、あとからやってきた嬢が“定番のたたみ方”で客タン(客用タンブラーグラス)の脇に添える。

 客タンの水滴を拭くのは嬢の仕事だが、客によっては癖や儀式的に、それでちょいちょいタンブラーの底を拭いたりする。

 ちなみに。

 私は“定番のたたみ方”が崩れやすく醜いと感じていたので、独自のたたみ方をしていた。

「うーん。わからなくもないけど……。コスト的にどうなんだろう?クラブとキャバクラだと客単価が違うでしょう。特にうち“熟”だしね(笑)」

「あー。なるほどー」

「どうしても気になるんだったら指名(客)のときは新しいの貰ったら?(客単価高いから)店的にも許容範囲じゃない?」

 使用済みのおしぼりは三角に折ってテーブルの端に寄せておけば、ボーイが回収してくれる。

「そうしようかな……」

 彼女は○本木→○座とならした強者だ。

 だが

「キャバクラは初めてなので間違ってたら教えてください」

と謙虚だった。

 アイラインの下の目は猫目ではなく、両目尻の端だけが、くっと上がっている。

 思考型の目つきだ。

 金満野郎も一流の殿方も相手にしてきた胆力がうかがえた。

 営業中、彼女は店全体を俯瞰する。

 後頭部には“サードアイ”がある。

 客のニーズを、嬢のニーズを、瞬時に判断して動く。

「あの子は別格だね」

 入店当初から店長も一目置いていた。

「仕事しやすいわー♪」

 私は返した。

 このご時世、玄人はレアなのだ。


 彼女がフリー席を忙しなくまわっている。

 保証期間(※一ヶ月程度)中の新人嬢に待機席を温める暇はない。

 そうこうするうちに、場内指名(フリー客から取る指名)を取っていた。

 あとで聞いたのだが、○本木時代の指名客だったらしい。

 彼には元々、指名嬢がいた。

 彼女は半ばクビになり退店した。

 指名客は嬢の写し鏡だ。

 嬢が下品なら客も等しい。

 彼は、まいどまいど、女性器と大人のおもちゃの話をした。

 「パンツ見えちゃう!パンツ見えちゃう!」

 退店した嬢は連呼していた。

 二人はいつも、揉みくちゃだった。

 何がそんなに愉快なのか?

 さっぱり理解できなかった。

 団体でやってくるので、永久フリーの末席につかなければならないときがあり、私は辟易としていた。

 それが、だ。

 胆力のある彼女が横に座ったとたん、エロオヤジが借りてきた猫のようになったのだ!

「全然連絡くれないんだもん」

などと、しおらしいことを言っている。

 それまで、下品な言動に便乗していた末席の客も、静かに酒を嗜んでいる。

 席は彼女が完全に差配し、客単価は目に見えて上昇した。

 物と決めた女と、人と決めた女性とでは、こんなにも扱いが違うのかと感心してしまった。

 紳士は製造可能だ。

 客の品位も嬢の腕しだい、ってことだ。


 





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