第74話 断る女

 高校生の時分、某健康食品店でアルバイトしていた。

 なぜか?社員は中年独身男性ばかりで、アルバイト採用は嫁候補優先と、まことしやかに囁かれていた。

 研修を受けた後日、店に立った初日の休憩時間、店長に“サシ飯”に誘われたので断った。

 鼻息荒く、ただ、ただ、気持ち悪かった。

 仕事の話なら仕事中にしてくれ!と思った。

 無時給でオッサンの接待はご免だ。

 リラックスしたいし、好きな物を食べたいし、彼氏に連絡だってしたい。

 何よりかにより、店長は生理的に苦手なタイプだった。

 休憩時間が終わって戻ると、それ以降、私がアルバイトを辞めるまで店長のじくじくした嫌がらせは続いた。

 現在ならセクハラ・パワハラ案件だ。

 逆恨みするような稚拙な男だから大人の女性に相手にされないのだと、ガキながらに思った。

 ロリコンが妥協策なら迷惑だし、格好悪いったらありゃしない。

 ちなみに、某健康食品店はとうの昔に倒産した。


 以前、クラブ勤めをしていた同僚の嬢が話してくれた。

 店終わり、ママに

「お相手してきなさい!」

と客が先に乗車していたタクシーに押しこまれ、ホテルの一室の前までいったが、すんでのところで断って逃げてきたと。

 勇敢だったと思う。

 なぜなら、店に居たたまれなくなった彼女は熟キャバに流れてきたのだから。

 また、とあるクラブ好きのオッサンは

「ママに“あてがわれた”のが恰幅よすぎで断った」

と、ご立腹だった。

 女衒制度を断らなくても、客に断られる女がいるらしい(※すべてのクラブのママが女衒ではない)。

 そして、オッサンはCクラス判定の客だろう。


 熟キャバには尻軽嬢がうじゃうじゃいるが、少なからず、アンチもいる。

 客の誘いを断れば指名を外されて売上は減少するが、それだけのことだ。

 ときには、どこぞのヤリ目(セックス目的の客)助教に罵詈雑言メールを頂いたこともあったが、すみやかに長文メールを返信することで決着した。

 相手の社会的地位など関係ない。

 その愚鈍を、下劣を、女性やホステス蔑視を、看過するわけにはいかなかった。

 強者の論理ではない。

 狂人の論理でもない。

 彼との関係性で何ひとつ、後ろめたいことがなかったので反論できたのだ。

 彼の捨て台詞は

『女は黙って笑ってろ』

だった。

 ○島太郎かよ!(笑)。


 なかには

「(指名客から金を)引っぱるだけ引っぱって切っちゃっていいんで」

と放言する店長もいた。

 それはそれで、痴情沙汰のリスクが高いので鵜呑みにしてはいけないが、キャバクラには“客の誘いを断れる自由”があった。

 八方美人は棄てるがいい。

 優柔不断も棄てるがいい。

 それらを匂わせ、つけ込まれてはいけない。

 それが予防策であり、自己防衛だ。

 私は幼く無知で鈍く弱い……と言うのなら、そもそも、安全地帯を離れてはいけない。

 境界線がわからないなら周囲の世話好きな姉さんに訊けばいい。

 どうしても安全地帯を離れたいなら尻軽判定は甘受し、ナンセンスな他責・他罰は控えるがいい。

 おぼこの論理は論理に満たず、他言すれば返りうちに合うリスクがある。

 己を省みることも、ときには必要だろう。


 一人暮らしの男性に

「家に遊びにこない?」

と誘われたとき、言外を読むのが苦手なASD(自閉スペクトラム症)傾向にある人のなかには、セックスをイメージできない人がいるそうだ。

 事が進めば、驚いたり、傷ついたりするだろう。

 だからと言って、例えば

「ご飯食べて、映画観て、セックスしよう!」

などと、わざわざ明文化する男性はいない。

 そんな文化は日本には育っていない。

 個人的には百年の恋も冷める物言いだ。

 ASD傾向にある人にとって“常識的に考えて……”は酷だろう。

 だが、己の特性を知ることで回避できる負の感情もあるだろう。


 人の記憶は都合よく改ざんされる。

 互いに自己過信はよろしくない。

 性的同意の言った言わない・やったやらないの事後トラブルを回避したいなら、安易に誘ったり誘われたりしないことだ。

 誘われて断れそうにない立場の相手なら、そもそも、かかわってはいけない。

 下心や野心がないなら、好かれぬよう、つれない女を演じればいい。

 自分に興味がない女性に興味をいだく男性は少ないからだ。

 それぐらいのテクニックは身につけたほうがいい。

 間違っても

『私はモテるからお声がかかっちゃう!』

などと、めでたい頭でいてはいけない。


 


 

 

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