第73話 今さら、○ーブラ
その店の更衣室は狭かった。
稼働領域を考慮すると二人で満室だ。
ロッカールームに男性のヘアメ(イク)さんが常駐している特殊性から、荷物置き場が更衣室代わりになっていた。
ドアの内側には“着がえは一人、五分以内で!”と注意書きが貼ってある。
にもかかわらず、まったく意に介さない嬢もいる。
ほかの嬢たちが“時間を捌く”なか、その夜の彼女は、いつにも増してのんびりだった。
お陰で、着がえ待ちの嬢が待機席に溢れていた。
遅刻は罰金なので、店長の計らいでタイムカードを先に打刻させてもらっていたが、誰も彼もイラついてる。
「お待たせしましたぁー。ごめんなさぁーい」
ダブルスコアを過ぎたころ、ようやく、彼女が更衣室から出てきた。
「お客さん(指名客)早めにくるんだよね……」
そう申告していた嬢は、出勤順をすっ飛ばしてもらい、更衣室に滑りこんでいった。
「○ーブラ忘れちゃって……」
のんびりちゃんは、着がえおえて待機していた私のそばに腰を下ろした。
ドレスが全体によれており、ホルターネックの紐もきちんと結べていない。
「ガムテープで寄せてたのぉー」
「はぁ!?」
「グラビアアイドルが(谷間メイクで)よくやるでしょー」
「はぁ……」
『って、お前グラビアアイドルじゃねーし!(笑)』
「うまく寄せられなかったぁー。大丈夫かなぁー?大丈夫ぅー?」
腰をひねって確認している。
『知らんがな!』
「とりあえずタイムカード押したら?」
就業時間まで間がない。
私は彼女に促した。
「あっ!ヤバいぃー!」
彼女が駄弁っているうちに、着がえおえた嬢が三分足らずで更衣室から出てきた。
入れちがいに次の嬢がスルリと滑りこむ。
キャバクラは営業中も営業前後も迅速さが命だ。
のんびりちゃんには向かない職場だ。
○ーブラは肌が弱い嬢には辛い。
粘着部には医療用シリコンが100%使用されているが、汗や皮脂に反応して皮膚がかぶれてしまう体質の嬢もいる(※エアリータイプや専用の♡型吸湿パッドが販売されている)。
彼女たちが使うのはクリアストラップだ。
ストラップがつけ替え可能なブラジャーを着用するのだ。
実質、見えてはいるが、それを指摘するキャバクラは、まず、ない。
だが、断然、○ーブラのほうが見ばえはいい。
○ーブラは左右に分かれている。
胸の2/3程度の面積に貼って寄せて上げ、フロントホックをロックするだけなので、肩や背中をオープンにできる。
シームレスタイプなら薄手やタイトなドレスでも響かないし、パテッドタイプならボリュームアップできる。
サテンやレースのセットアップは、私の希薄な女心さえくすぐる。
水着に忍ばせるタイプなんてのもあり、貧乳や離れ乳には重宝する。
○ーブラは消耗品だ。
個人差はあるが、私は週五勤務で三ヶ月が替えどきだった。
○ーブラには専用洗剤がある。
それで優しーく洗うと粘着力が長持ちする。
○ーブラには類似品も多い。
安価な物もあるが、買って試したところ、貼りつきもしなかった。
なので、○ーブラは正規品に限る。
外箱にシリアルナンバーの入ったホログラムシールが貼ってあるので、目安にするといい。
そして、うっかりちゃんは、(通勤用の)ストラップ固定のブラジャーでも響かない露出少なめでルーズなドレスを、店に常備しておくがいい。
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