第71話 パパ

 ひょろっとした女だ。

 年のころは四十手前。

 にもかかわらず、あいさつもろくにできない。

『すぐに消えるだろう。かかわらずにいよう』

と思った。

 キッチンカウンターを挟んで店長と話していると、後方で殺気がした。

 ふり向くと

「どいてくれない!?」

仁王立ちしたひょろっとに睨まれた。

 同僚(先輩)へのファーストコンタクトとしては最悪だ。

 いったい、どこぞのお偉いさんか?

 スペースは十分ある。

「いや、通れるでしょ」

 私は睨みかえして冷笑した。

 目線を外し、黙って通過する、ひょろっと。

『お前、空間認識能力ゼロなんか!?』

 私は心の中でツッコんだ。

「すごい子だね……」

 キッチンの中にいた“姉さん”が顔を出して苦笑した。


 待機席で、ぎゃんぎゃんぎゃんぎゃん跳ねる、ひょろっと。

 躁と多動があるようだ。

 あまりの騒々しさに、私は更衣室に引っこんだ。

 続いて“姉さん”も避難してきた。

「いやー。参ったね……」

「強烈ですね……」

などと、苦笑していると、

「○○(私の源氏名)さーん」

店長が様子を見にきた。

「(待機席で待機しなくて)ごめん。うるさすぎて座ってられない……」

「あー。うん」

 冷徹な店長の判断は早かった。

「辞めさせるから(待機席に)戻ってもらえる?ここで話すから」


 ほどなくして、ひょろっとが喚く声が聞こえた。

 店長が更衣室から出てくる。

「話した。暴れてる(笑)」

 ドン!ドン!ドン!

 内側から壁を打つ音がする。

 器物損壊なら弁償問題だ。

 着替えおえたひょろっとが出てくる。

 ガチャン!

 バン!

 ドタ!ドタ!ドタ!

 預けていた貴重品を店長から回収し、ひょろっとは放言した。

「パパに言いつけてやるから!訴えてやるから!」

「ああ。どうぞ」

 店長が冷笑する。

 ドタ!ドタ!ドタ!

 ガチャン!

 バン!

 それを聞きとめることなく店のドアを開け、ひょろっとは消えた。

 体入(体験入店)三十分でクビ宣告されるという、前代未聞の速さだった。


 その後、ひょろっとから音沙汰はなかった。

 入り用なら“パパ”に都合してもらいなさいよ(笑)。

 水商売をしていては“パパ”が悲しむでしょう(笑)。














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