第70話 誘う女
「あーあ。つまんないなぁー」
嬢が客用ソファーにどてっと寝ころんでいる。
「○○(私の源氏名)ちゃあーん!おもしろい話してぇー!」
私は完全無視を決めこみ、ボーイの手伝いをする。
客席に常備していた、グラスやコースターや灰皿を棚に戻す。
無念にも早じまいの夜だ。
「このあと飲みにいく人ぉー!」
嬢が蓮根のような腕を上げて誘う。
しばし、沈黙が流れる。
「もぅ!みんな冷たいぃー!」
蓮根が合皮のソファーにぶちあたる、不快な音がした。
ボーイがスツールを移動させながら掃除機をかけはじめた。
じゃまにならないよう、私は更衣室に入った。
真っ暗だ。
皆、帰ってしまった。
終電で帰る、敗北の夜だった。
ドレスに着替えて更衣室を出ると、何やら店長がニヤついている。
インカムでやり取りしているのは外に立つキャッチ(客引き)だ。
路上には見えない境界線がある。
店どうしの紳士協定のようなもので、越境でのキャッチはタブーだ。
運がよければ?境界線上で客を譲りあうキャッチが見られるだろう。
サボタージュ(※喫茶店とかパチ打ちにいくキャッチがいる)なく近場にいれば、無線もよく通る。
「今夜は○○(新人ボーイのあだ名)が誘われたって!」
店長が私に目配せした。
男性従業員どうしで情報を共有しているらしい。
なんの、って?
腕蓮根さんの、だ。
ふたまわり近く年上のオバチャンに、プライベート飲みに誘われてしまった新人ボーイ……。
気の毒で気の毒で気の毒でならない(笑)。
男性従業員を片っ端から誘っては総撃沈しているオバチャン。
いい加減にしろ!と思う。
仕事を離れてまで、何が悲しくてオバチャンの相手しなきゃならんのよ!?
綺麗でもおもしろいでもなく、人生の教訓を授けてくれるわけでもない。
……って、それ、拷問ですから!!!
はっきり断るのが難しい立場の相手なら、なおさら、誘ってはいけない。
私は、従業員から誘われたとき以外は飲みにいかなかった。
熟キャバ嬢の立場で誘うのは、パワハラやセクハラに思えたからだ。
たとえ、こちらの奢りであっても、だ。
オバチャンは分別をもって慎ましく。
それが、オバチャンが美しく生きる道だ。
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