第66話 エスコートおじさん

 その晩は空腹だった。

 太客(大枚を叩く指名客)の来店がなかったからだ。

 太客が“しれっと頼む”鮨やピザのデリバリーがあれば、帰宅して歯を磨き、シャワーして、ストレッチして寝るだけだ。

 キャバ嬢は“仕事への本気度”が高いほど戦士と化す。

 サードアイ(※水商売の感覚からいうと第六チャクラではなく、後頭部にある)を開き、交感神経優位に働いていると、消費カロリーも激しい。

「お疲れ様でした!お先です!」

 送りのドライバーさんにお礼を言い、自宅より少し手前で下ろしてもらう。

 深夜営業のファミレスに寄るためだ。


 小綺麗なビジネスホテルの地下に、目指す店はある。

 私は狭い通路を歩いた。

 すると、正面玄関の自動ドアが開き、向こうからおじさんが歩いてくる。

 ノータイのラフなスーツ姿だ。

 出張族が夜の店にくり出すところか?

 私の住む街には深夜営業の飲み屋がいくつもある。

『ん?』

 だが、おじさんは、私を見とめて?きびつを返すと、私が開くはずのサイドドアを先に開けて中に入った。

 端からファミレスにいくつもりなら、ビジネスホテルからの連絡通路を使えばいい。

 わざわざ外に出て、狭い通路を歩く必要がないのだ。

 少し先で立ちどまっていたおじさんは、私がドアを開けるのを確認すると?カーブした階段をゆっくり下った。

 ゆっくり下るので、おじさんとの距離が詰まってしまう。

 そこで、おじさんが何をしたかというと……。

 上半身をねじり、腕を斜め下方に伸ばして、私をエスコートするそぶりをみせたのだ!!!

『なんや!?なんや!?誰やこいつ!?キモッ!!!』

 私もそこで逃げてしまえばよかった。

 だが、万が一、気のせい?なわけないのだが、だとしたら?空腹を満たすのを優先したい。

 私は素知らぬふりで、ゆっくり階段を下った。

 おじさんが店先で何やら交渉している。

 ウエイトレスが頷いている。

 私は店外にあるトイレに寄り、手を洗ってうがいした。


 呼びだしボタンを押すと、ワンオペのウエイトレスがキッチンからやってきた。

「いらっしゃいませー」

「一名。禁煙席で」

「お好きな席にどうぞ」

 深夜ともあり、店内はガラガラだった。

 おじさんはなぜか?四人がけの禁煙席に座っていた。

『誰かと待ちあわせか?』

 私は端に設えられた二人がけの、おじさんから一番遠い席に、おじさんから背を向けて座った。

 ささっとオーダーして空腹を満たす。

 すると、しばらくして、おじさんが店を出ていくのが見えた。

 途中、何度もこちらをふり返っていた。

『なんや!?なんや!?オバケでも見えるのけ?』

 ウエイトレスの

「ありがどうございました」

の声がなかった。

 キャッシャーを通った形跡がないのだ。

 おじさんは何もオーダーせず、店を出ていった。

 何もかもが不審だった(笑)。


 






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