第64話 女が怖い女
三十代の嬢が友だちを入店させた。
嬢の紹介でも不採用になる場合は多いが、無事に面接をクリアした。
「あの子はウチの店には合わないね……」
そう店長に苦笑されるとき、言外には
『もっと綺麗な子紹介してよ!』
という恐るべきルッキズムが隠されている。
世間がなんと叫ぼうと、善し悪しにかかわらず、ルッキズムは潜行する。
それが現状だ。
新人ちゃんは水商売が初めてらしく、何かというと紹介嬢に頼る。
不安なのはわかるが、いつまでも金魚の糞のようにくっついていたのでは、仕事覚えも悪い。
キャバ嬢の業務は外野からは単純に見えるが、微に入り細に入り独特な決まり事がある。
新人は入店するとクリアファイルに入ったテキストを渡されて読むが、フロアに出て実践しなければ、ちんぷんかんぷんだろう。
やがて、紹介嬢がヘアメ(イク)にいってしまうと、新人ちゃんはひとりぼっちになった。
「お客様御来店でーす!」
客が入店する旨、外のキャッチ(客引き)から無線が入り、店長兼つけまわし(嬢を席につけたり、席から外したりする係。俯瞰力が試されるため、ある程度のキャリアを要する)が嬢たちに声かけした。
待機席に着席していた嬢がいっせいに起立する。
新人ちゃんも見よう見まねで起立した。
「いらっしゃいませー」
店長やボーイや嬢たちが二名の客を迎えた。
ボーイが席まで案内する。
店長が先に私を呼ぶ。
「フリー二名です。新人とつけるからよろしくね!」
肩を軽く叩かれる。
「だと思った(笑)」
在籍が長い嬢は、ノーギャラで教育係的な役割をさせられるのだ。
続いて、店長が新人を呼ぶ。
フリー客であること、名刺を渡していいこと、などを説明していた。
着席した客にボーイが料金説明をしている。
「お酒の作り方(店長に)教わった?」
その間、私は新人ちゃんに話しかけた。
「はい。一応……」
自信なさげな返事だ。
「とりあえず一杯目は私が作るから見ててね。お客さんと話してくれればいいから」
「はい」
「緊張してる?」
「すごく……」
「じゃあ深呼吸してー!」
すぅーと私のまねをする、新人ちゃん。
胸に手をあてているのが可愛いらしい。
「はい!いきましょう!」
「はい!」
新人ちゃんは緊張しながらも無難に接客をこなした。
途中、トングで氷をつまみそびれてフロアに転がしたが、そんなときの常套句
「今夜の氷は元気だねー!」
で、姉さん微笑んださ。
「全然大丈夫だったよ。いい子だね」
先に席を抜けた私は店長に報告した。
「定着してくれるといいね」
初めて話した嬢が私だったこともあり、勤勉な新人ちゃんは仕事上の疑問があると、私に質問するようになった。
「はーっ。そういう意味なんですね。難しー!」
天井を仰ぎみている。
しぐさが可愛らしく、男好きするタイプだ。
キャバ嬢に向いている。
そうこうするうちに三日たった。
順調に研鑽を積んでいるな、と思っていた。
だが、訴えられてしまった。
「怖い怖い。怖いです……」
「ん?何が?お客さん?」
ふだんの生活と違って、やからもメンヘラも相手しなきゃだからね。
「女の人……」
「女の人?」
「働いてる女の人が怖いです……」
同僚の嬢のことだ。
訊けば、裏表がありすぎて怖いのだと言う。
新人ちゃんは明言しなかったが、意地悪婆さんにあてられたのかもしれない。
新人にあいさつしない。
新人を無視する。
新人をイビる。
新人を排除する(退店に追いこむ)。
そんな意地悪婆さんは、どの店にも一人や二人いる。
真面目で気立てのいい新人ちゃんは、黒い世界からあっという間に消えた。
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