第63話 ナナメの関係

 水商売に二十余年携わってきたせいか?暗黙知的に?初見で数分話すと相手の性格や心理状態の予想はつく。

 飲み屋は酒を嗜みながら歓談する場所。

 なので、よく見えるのは相手の“触れてほしくない箇所”だ。

 それに触れぬよう会話を進めれば、ドリンクをごちそうしてもらえたり、場内指名(フリー客から取る指名)してもらえたりする。

 後日、本指名で来店する客がほとんどだ。

 業界用語で“場内戻し”と言う。


 子どもには“ナナメの関係”という人間関係が必要だそうだ。

 親や教師とのタテのつながりでもなく、友だちとのヨコのつながりでもない。

 親戚の叔父さんや叔母さんや地域の大人たち、といったところだろうか。

 話しづらいことを話せる年上の相手のことで、地域社会の必要性を痛感させられる話だ。

 私自身、未発達な両親や教師にさいなまれたが“ナナメの関係”を見いだせず(※地域の大人は皆アホで、唯一、そばにいた親族の祖母も未発達で、当時の民生委員の存在にも無知だったため)、ひどく心身を病んだ子どもだった。

 友だちといるのは楽しかったが、楽しいどまりだった。


“ナナメの関係”は大人にも必要なのだと思う。

 本指名で何度か来店するうち、向こうから“触れてほしくない箇所”をさらしてくる客もいる。

 会えば会うほど親しみが湧く“単純接触効果”や、こちらの守秘義務アピールも手伝い、客と私のあいだに“ナナメの関係”が成立する。

 客の下心が加味される分、純粋な“ナナメの関係”ではないが(笑)。

 男たるもの、家族やパートナーに愚痴や弱音は吐けないらしい。

 ふだんはグラスやテーブルを倒さんばかりにじゃれ合っている同僚でも、話せないことは多いらしく、ふらっと一人で飲みにきたりする。

 子どもだって、大人だって、率直な気持ちを吐露できる相手や機会を、いつだって望んでいるのだと思った。

 なかにはメンター!メンター!と持ちあげた他部署の先輩から、ひたすら飲代を巻きあげるクズリーマンもいたが。

 若手社員じゃあるまいし、たまには自腹切らないと。

 それも大人の甲斐性だ。


 以前、指名客に

「第三の場所の住人になってほしい」

と頼まれたことがあった。

 要は愛人契約の申しでだったのだが(笑)、

職場と家庭のあいだに、もうひとつ“空間”が欲しいのだと言っていた。

 彼は某中小企業の二代目社長だった。

 今思えば、それもまた“ナナメの関係”だったのかも?しれない。

 だからといって、自由人の私に愛人は性に合わない。

 もちろん、丁重にお断りした。




 








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