第61話 地理に弱い?①

「○琶湖って何県にあるんだっけ?」

 そう同僚の嬢に訊かれたときは驚いた。

「(報酬)明細書の見方がわからないんだよね……」

 彼女は内的世界観の強い人だ。

 地理にも疎ければ、生活を直接左右する明細書にも疎い。

 なんの焦燥も危機意識もなく、疎いままにしておけるのが彼女の世界観だ。

 彼女の向学心は内的世界に集中して働く。

 常識や一般教養がないので一見バカに見えるが、そうではない。


 ○本海にある某県だ。

 漁業が盛んで伝統工芸品の産地でもある。

 だが、脳内で○本海の海岸線を辿るとき、私は必ずと言っていいほど見のがしてしまう。

「ひとつ飛ばしてるよ!蟹!蟹!」

 某県出身・在住の出張族からキレぎみにヒントを出され、ようやく思いだせる始末だ。

「もー!女性ってほんと、地理に弱いよね」

 言われて、短絡的だな、と思った。

 知りあいもおらず、未踏の地でもある某県は、私にとって馴染みがないだけだ。

 くり返し意識しないので、記憶として定着していない。

 想起障がい──。

 人生を通して多くの情報を処理しつづけている大人が、古く単純な記憶から箪笥の奥にしまい込んでしまう現象。

 取りだすまでに時間がかかったり、引きだし自体を間違えてしまったりする。

 だから、小学生の時分に覚えた地理がおぼろげでも、どこぞの国の元副大統領が訪問先の小学校の授業で“じゃが芋”の綴りを間違えても(※正解という見解もある)、スルーしてくれと思う。

 ○琶湖の所在県がわからなかった彼女もまた、想起障がいだったのかも?しれない。

 それらを想像できる客なら瞬時に惚れてしまうのだけれど……まず、いなかった(笑)。





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