第58話 老婆心

 会合や出張などのついでではなく、まっすぐキャバクラにやってくる客は要注意だ。

 純粋なポケットマネーで飲む客は嬢に肩入れしがちだからだ。

 初見フリー、ピン客についたら……。

 人相を観察。

 服装を観察。

 言動を観察。

 どこかに違和感はないか?

 ストーキングや刃傷沙汰をやらかす奴は“やらかしそうな臭い”を発している。

 嗅ぎとらねばならない。

 けして、近づいてはならない。

 生業としては矛盾しているが“好かれない努力”をぜひ。

「ザコでもなんでも取れ!」

と男性従業員にせっつかれているとしても、犯罪者予備軍の客は回避せねばならない。

 客の心理状態を大別するとよっつ。

 ①健全(希少)。

 ②いろいろあって、そのときたまたま不健全(修正可能)。

 ③長期にわたり不健全。

 ④先天的な問題。

 指名客として迎えていいのは①と②だけだ。

 くる者選んで去る者追わず。

 くる者選べば、トラブルはない。

 去るもの追わねば、媚態も必要ない。

 何度も言う。

 キャバ嬢は個人事業主だ。

 店は間借りしているにすぎない。

 店からの社会保障は何もない。

 自分の身は自分で守るしかないのだ。

“やらかしそうな奴”に指名されてしまったら

「ほかの子も観ていってください。綺麗な子がたくさんいますので(※いないけど)」

と私なら辞退する。

 そうしたうえで“やらかしそうな奴”の情報をほかの嬢に提供する。

 万が一、指名されてしまったら、フェイドアウトを。

 物理的距離を保持し、視線を合わせず、相づちを減らし、質問をせず、沈黙を放置する。

 嬢に興味を持ってもらえないとわかれば、どんな客でも離れていく。

 だが、早急では騒がれたり恨まれたりするので、おもむろに、おもむろに……。


 指名を取るなら、飲代を経費で落とせる接待目的の客が安全だ。

 主催の財務大臣には心が健全でリア充な男性が多い。

 さほど、色は必要ない。

 一に気配り、二に目配り、三四がなくて、五に根まわしだ。

 きちんと仕事をしていれば、財務大臣は嬢と店をセットで重用してくれる。


・団体ならマンツーマンの接客が敵うように店長に交渉し、当日は嬢の出勤人数を増やしてもらう。

・綺麗めの嬢(……ついでに話上手で飲ませ上手)にお願いして主賓についてもらう。

 場内指名(フリー客から取る指名)や売れっ子ゆえの指名被りは必須なので、つけまわし(嬢を席につけたり、席から外したりする係。俯瞰力が試されるため、ある程度のキャリアを要する)にお願いして、ヘルプ(指名嬢が指名被りの際に手伝いをする嬢)には粗相のないベテラン嬢をつけてもらう。

 主賓がヘルプを気に入れば、オーバー場内(一人の客が二人以上の嬢を指名すること。有料)を勧めて固定する。

・財務大臣の予算(※つどつど違う)内で滞在時間等を組む。

 自分だけ杯を重ねる(※嬢のドリンクは有料)素人嬢には常に目を光らせる。

・領収書の宛名を伝えるための名刺は財務大臣の指名嬢が管理し、つどつどボーイに預ける。

 財務大臣がトイレに立つふりをしてキャッシャー会計する際もしかり、等々……。


 財務大臣を手こずらせてはならない。

 財務大臣を失望させてはならない。

 何より、主賓の満足度を重視せねばならない。

 さすれば、財務大臣は指名嬢の誕生日にこっそりやってきて、ポケットマネーでシャンパンを卸してくれたりする。

 時代の流れで接待の数は減少傾向にあるだろうが、お嬢さん方が安全に働けますように。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る