第56話 手品と心理テスト
頼んでもいないのに手品を見せたがる客は、あとを絶たなかった。
手相見やマッサージ名目で触れてくる貧乏性の客とは違い人畜無害なので
『どうぞ!どうぞ!』
と思っていた。
タネはわかるが、まねはできないので
『器用な人だな』
と感心する。
客の欲求に沿って
「なんで!?なんで!?すごーい!」
と驚いてみせる。
つくづく
『自分、キャスト(キャバ嬢の業界用語)だな(笑)』
と思った。
心理テストが好きな客もいた。
一時期流行ったのはワインボトルとオレンジを描くテスト。
ワインボトルが自分で、オレンジはパートナー。
オレンジの数がパートナーの数で、ボトルからの距離は親密度をあらわす。
「ほら!やっぱ彼氏いるじゃん!」
客に指を差された。
キャバクラを“出会い系”と間違えて嬢の男っ気を探るのは、無粋も無粋。
それに、そのテストには穴があった。
美術をかじった人なら、静物画の基本構図からオレンジをボトルに1/3ほど重ねて描く(※オレンジがボトルの手前か奥かで自意識の強弱を測る?テストらしい)かもしれない。
私は無意識にそうした。
オレンジはひとつ。
奇しくもプライベートと一致していたが、適当なのが数名いても、皆無でも、同じように描いただろう。
初回は
「元美術部!構図の問題!」
とはぐらかしたが、客にファンタジーを買ってもらっている以上、次回からはオレンジをひとつ、ボトルから離して描いた。
『自分のことかもしれない!?』
“気になる人が一人だけいる”の暗示は、客(指名客)を多いにときめかせ、財布の紐をゆるませた。
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