第49話 プレゼンテーション

「すごくいいよ!(健康)保険も利くし!」

 新入りのオバサンが声高に美容点滴を勧めている。

 オープン前の待機席でのことだ。

「よかったらクリニック紹介しようか?」

 詰めよられた気弱な嬢が返答に困っている。

 仲介料でも貰っているのか?オバサンは不自然なほど熱心だ。

 そのくせ、商品説明が感覚的で説得力がない。

 オバサンの四角い尻が見える。

 タイトなドレスからガードルショーツのラインが浮きでている。

 収まりきらなかった贅肉が上へ下へと盛りあがり、見事な段差を作っている。

 美肌に美髪に痩身に若返り……。

 効果の見えないオバサンほど美容にうるさいのは熟キャバの常であり、永遠の謎だ。

 対照的に、美の奥義を知る嬢は物静かに彫像のように佇んでいた。

 私はめったに勧誘されない。

 雑談はしてもセールストークには持ちこまれない。

 セールスパーソンたちは皆、私の気の強さや理屈っぽさを警戒していたのだろう(笑)。

 お陰様で、ほかの嬢のように、怪しい石や酵素や浄水器やオーガニック食品やダイエットプログラムなどを勧められずに済んだ。


「その成分がどう作用するの?」

「科学的根拠は?」

「誰にでも効果はあるの?」

「アレルギーは?」

「いろいろ試して淘汰されちゃってるから決まった物しか使わないんだ。ごめんね」

 以前、酒樽のようなエステティシャンに施術と化粧品を勧められ、突っぱねたことがあった。

「それだけ知ってるなら○○(私の源氏名)ちゃんは自分でやったほうがいい……」

 酒樽は苦笑して諦めた。

『いやいや、あなたのプレゼンがなってないからだよ』

と私は思った。

 あっぱれするような専門家としての知識と論理と美しさがあれば、買ってやってもよかったのだ。


 その昔、デパートの化粧品売り場にはモデル並の販売員がいた。

 彼女たちは皆、派遣社員だった。

 美しさは商品の物語を創造する。

『彼女たちの美しさに近づけるんしゃないか?』

 そんな、甘い幻想をくれる。

 原価に上乗せされた莫大な諸経費など気にならなかった。

 時代とともに彼女たちが消えるまで、私はそこで高価な化粧品を買いもとめた。


 夜の職場で兼業の売りこみは禁止されている。

 就業前の待機時間でも、それは同じだ。

 キャバ嬢の本分は何か?

 自分の店先に店を出されて黙っている店主はいない。

 クビになった非常識なオバサンは数知れない。

 あるとき、酒樽は店長から最後通告を受けた。

 営業中、待機中の嬢に高価なキャビテーションの施術を勧めていたからだ。

 フロアでわんわん泣く酒樽に、同僚の目は冷たかった。

 酒樽はクリームパンのような手で涙を拭った。

 それがゴッドハンドだったなら、そもそも、外商など必要なかっただろう。

 まもなく、酒樽はクビになった。



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