第44話 ナンパは通り魔です
閑古鳥が鳴き、早々にオールアップ(閉店)になった。
終電まで時間があったので、私は歓楽街を抜けて駅舎に向かった。
通路を抜けて階段を下りると
「お姉さん!飲みにいこうよ!」
千鳥足で寄ってきたオスに声をかけられた。
女性なら誰でもよくなるまで思考が低下している。
さもなくば、早足で強面の私に声をかけたりしないだろう。
何事もなかったことにしたい私は、一瞥もくれずに回避する。
すると
「ちくしょう!」
背後で閉まったカフェのシャッターを蹴る、派手な音がした。
支離滅裂で実に不愉快だ。
私が声をかけてくれと頼んだか!?
お前の勝手気ままだろーが!
そばに半円形の防犯カメラが設置されていたはずだ。
さっさと捕まればいい。
心でドロップキックをお見舞いした。
自宅の最寄り駅に降りたって信号待ちをしていると、別のオスに声をかけられた。
「す、み、ま、せーん……」
ぶしつけに顔を覗きこまれ、鳥肌が立った。
『キモっ!』
私は一瞥もくれず、身の安全のみに集中した。
「終電乗りすごしちゃったんですけど、この辺で遅くまで開いてるバーとか知りません?」
茶番にもほどがある。
「知りません……」
『うぜーな!話しかけんなや!〇iriに訊けや!ネカフェいけや!』
夜道を一人歩く女性が皆、暇で尻軽で欲求不満だと思うなよ。
自意識過剰にも“仕事帰りで疲れています。うっとうしいのでナンパしないでください”と記した札でも提げて歩かねばならないのか!?
高嶺の花になれない自分を恨む。
私が息を呑むような美人なら、あるいは男勝りに聡明な印象なら、怖じ気づいたオスは簡単に声をかけられないだろう……。
横断歩道を渡り、明るい幹線道路を離れる。
アパートやマンションが立ちならぶ路地に入ると、うしろから追いかけてきたオスに声をかけられた。
「すみません!すみません!」
無視して歩きつづけていると、まわり込まれて道を塞がれた。
「すみません!〇〇駅はどっちですか?」
見たくもない顔を見せられる。
舌足らずで口が半開きだ。
酔っているのを差しひいても、低能がダダ漏れている。
「あっち」
私は一歩下がって駅の方向を指差した。
『今お前が走ってきただろーが!クソが!』
「えっ?どっちですか?どっち……」
そう言いながら腰に手をまわされた瞬間、私は全身全力でふりほどいた。
「触んじゃねーよ!!!気持ちわりーんだよ!!!あっちだよあっち!!!さっさといけよ!!!おらぁぁっっ!!!」
寝静まった住宅街に、この世のものとは思えない怒号が響いた。
自分でも驚くほどだった。
いい近所迷惑だ。
だが、それほど身の危険を感じたのだ。
「恐っ!恐っ!この人恐っ!」
あとずさりしたオスは、きた道を戻っていった。
毎日のように夜道を一人歩かねばならなかった現役当時、ボディカメラの存在を知っていたなら、迷わず装着していただろう。
確証をもって、オスどもに公的制裁を受けさせただろう。
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