第43話 痴漢は犯罪です

 自宅の最寄り駅から電車に乗った。

 吊り革の空きを見つけてつかまると、隣に滑りこんできたオッサンに張りつかれた。

 気色悪く、距離を取りたかったが、そこそこ混雑していてスペースがない。

 やむなくじっとしていると、大腿側面に指の感触があった。

『気のせいか?』

と一度はやり過ごすも、その後もちょいちょい触りやがる。

 ちょいちょいというのがセコい性格を体現しているようで、余計に腹が立った。

 私は目線を下ろしてオッサンの手元を確かめた。

 オッサンは肩がけしたブリーフケースをわざわざ抱え、明後日の方を向きながら小指を巧みに動かしていた。

『こいつ、常習犯だ』

 私はオッサンをまじまじ観た。

 粘って現行犯逮捕するべきか……。

 怒りと労力を天秤にかけた結果、私は心のチェーンソーでオッサンの手首をぶった切り、次の駅で降車して車両を移った。


 数日後、自宅の最寄り駅から電車に乗った。

 電車を乗りかえ、吊り革につかまっていると、尻をなでられる感触があった。

『混雑のせいか?』

と、やり過ごした。

 職場の最寄り駅で降車して階段を上っていると、また、尻をなでられる感触があった。

 今度は執拗に何度もなでやがる!

『さっきのタッチと同じじゃねーか!』

 将棋倒しを危惧し、我慢して踊り場を過ぎたところでふり返ると、先日のオッサンが虚ろな目をして立っていた!

 電車を乗りかえた私のあとをつけてきたのか!?

 気色悪さにめまいがした。

 とっさに

「ケツ触ってんじゃねーよ!」

と吐きすてて改札を抜けた。

 異常者が相手の場合、逃げるが勝ちなのは苦い経験から心得ていた。

 怒りに任せてかかわってはいけない。

 逆恨みされてつきまとわれないように、異常者の記憶から自分の存在を消去するのが先決だ。

 店までの道すがら、私は何度もふり返り、オッサンがあとをつけてきていないか確かめた。

 店に着き、素早く着替えを済ませると、忘れてしまわぬうちにスマホに詳細のメモを貼った。


 被害者、何年何月何日何時何分、〇〇線〇〇駅、進行方向〇両目より乗車。

 加害者の乗車駅や降車駅は不明。

【加害者の特徴】

 ※五十代男性、細面、虚ろな目、中背、自営業者ふう。

 ※白髪を明るい茶色に染めているが、染めが甘く、フケ症で枯れた印象。

 ※バブル期に流行した、高価な皮革のスタジアムジャンパーを着用している。

 ※〇ロムハーツのクロスペンダントを下げている。


 被害届を出してしまえば、被害者にもかかわらず、根掘り葉掘り調書を取られそうで嫌だったので、鉄道警察に匿名で情報提供するつもりだった。

 だが、あれこれ調べても匿名では難しそうだったので、泣く泣く諦めてしまった。

 覆面警察官の現行犯逮捕の可能性が消えてしまい、オッサンは野放しだ。

 私は車両を変えて通勤した。

 乗降口の階段からは遠い。

 異常者のせいで被害者が不便を強いられるのは腹立たしく、赦せなかった。

 のちに知ったのだが、手のひらの接触では言い訳が難しいが、手の甲の接触では混雑の偶然性がじゃまをしてしまうらしかった。

 オッサンが肩がけしたブリーフケースをわざわざ抱え、小指を使っていたのはそのためだった。

 オッサンは知っていたのだろう。

 実にセコい……。


 宵の口、上り。

 今なお、都心の電車に出没し、ターゲットを物色しているかもしれない。

 特徴にピン!ときた方はご留意を!

 




 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る