第41話 重ねハンカチ

 キャバ嬢の作法では当然なことも、一般人からすると摩訶不思議なことがあるらしい。

 新人嬢に訊かれ、習慣化された自分にハッ!としたことがあった。

「なんでハンカチ二枚重ねるんですか?」

 接客時、嬢がスカートの上に広げるハンカチのことだ。

 客用グラスの水滴を拭くのにスタンバイしている。

 糊の利いた薄いハンカチではベタつくので、嬢のほとんどがタオルハンカチを使用している。

 夏も冬も、冷房や加湿器が手伝い、空気中の水分は冷えたグラスの表面目がけ、ひっきりなしにやってくる。

 タオルハンカチは必需品なのだ。

 重ねた上のハンカチは客用。

 重ねた下のハンカチは嬢の大腿の汗や匂いつきなので非常用だ。

 誰も望んでいない無駄に短いタイトスカートを履いているオバサンにとっては、デルタゾーン隠しでもある。

 酔った客がグラスを倒したとき、すぐにボーイがカワシボ(乾いたおしぼりのこと。掃除用。ほかグラス倒し、嘔吐、おもらしなど客の粗相用)を持って駆けつけてくれるなら助かるが、万事そうとは限らない。

「お願いします!」

 明後日の方を向いているボーイを呼ぶと同時に、重ねていた下のタオルハンカチをするりと抜き、客の衣服や靴を気遣うせわしない場面もあった。

 上のタオルハンカチはひと晩使いまわしだが、下のタオルハンカチは使いまわせない。

 なので、さらに予備が必要だった。

 ……なんてのは水商売黄金期の話(笑)。

 客単価の低さが報酬に反映する熟キャバでは、そこまで個人的にコストをかけるのは馬鹿らしく(※私見)、皆、不衛生な一枚を使いまわしていた。

 強者ともなると店の予備(※無料貸出。洗って返せばいい)を使いたおしていた。


 小学校の全校朝礼で校長先生が言った。

「ハンカチは二枚持つように。一枚目は自分用。二枚目は忘れた友だちに貸してあげましょう」

 親切は素晴らしい教えだ。

 だが、やがて子どもの私は気づいてしまった。

 忘れるやつは性懲りがないのだと。

 親切をありがたみ、その後の生活に生かせないやつに、親切は無効力なのだと。

「ハンカチ貸してくれない?」

 ある朝“常習犯”の女子に耳打ちされた。

「ごめん。一枚しか持ってないんだ」

 私はこともなげにうそぶいた。

 こそこそしたご都合主義につき合ってやるつもりはなかった。

『恥をかけ!思いしれ!自戒しろ!学習しろ!』

 なので、店の予備がなくて慌てる嬢を見ても、しれっとしているだけだった。




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