第40話 シェニール織
「あー!それオバサンが持つやつだ!オバサンが好きなやつだ!」
私がスカートの上に広げているタオルハンカチを指差し、フリー客がガハハ!と嘲笑した。
身なりも所作も汚い、いかにもうだつが上がらない、中年ビジネスパーソンだった。
そのタオルハンカチは、先日、退店した嬢から頂いた物だ。
「いろいろお世話になりました。一度水商売を経験しちゃうと怖いものなんてなくなるね(笑)」
四十代で水商売デビューした彼女は、商家の出で勘もよかった。
キャバクラの掟について、ことあるごとに私に質問した。
「わからないことだらけでドキドキしちゃうよ。知らないうちに重大なミスを犯してるんじゃないか?って……」
仕事への姿勢は真摯で慎重だった。
気さくなスレンダー美人の彼女には、すぐに指名客がついた。
だが、経済的事情が解消されると、半年ほどで退店する運びになった。
「もう少しいっしょに働かない?」
腰かけで終えるには惜しい逸材なので、うしろ髪を引いてみたが、断られてしまった。
「ここ(店)は非現実なんだ、って。ふだんは平和なのに出勤日はそわそわして調子が悪いよね……」
粘着質なオッサンに手を焼いている最中だだった。
全戦全敗のキャバクラ放浪者だったが、彼女が水商売を短期的に考えていたからこそ、切らずに泳がせていた指名客だ。
彼が発狂するころ、彼女は消えて跡形もない……。
キャスト(キャバ嬢の業界用語)を演じきれなかった彼女が、疲弊する前に現実に戻ったのは賢明だった。
頂いた白いショッパーバッグの中には鮮やかなコントラストの花柄の包みが。
それを解くと、斜のかかったシルバーの触り心地のいい箱が。
開けると、私が仕事使いしているタオルハンカチが折り目正しく納まっていた。
表裏が同柄でぎゅっと詰まった織は柔らかくも毛足が短い。
客用グラスを拭くにも表面に綿が残らず、吸収性も高い。
加えて、よれや毛玉や色あせなどの経年劣化もゆるやかだ。
美しく触り心地がいいうえ、実用性とコストパフォーマンスをも兼ねた、ヨーロッパの伝統工芸品なのだ。
同僚や指名客から頂くことも多々あった。
ある殿方は
「『女性に初めてプレゼントするなら○ェイラーにしなさい』と若いころ母に教わりました」
と。
なんて粋な母上だろう!
元より、百貨店には出店しているし、近年では斬新な柄を発売したり、さまざまな人気キャラクターとコラボレーションしてヒットさせている。
コレクターも多く、世間では旬なブランドだ。
確かに。
ひと昔前はオバサンが持つブランドイメージだった。
だが、時代が変わったのだ。
その経緯を知ろうともせず、情報更新を怠り、姑息に揶揄するだけのオッサンを前に、
『いつの話よ?そりゃあうだつが上がらねーわけだ』
と即座に思ったのだった。
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