第18話 酒を作る

 めぼしい客もなく待機席でのんびりしていると、店長代理が舌打ちした。

「ねぇ!あの子に酒の作り方教えてよ!」

 私に訴えてくる。

 何事かと奥の席を覗くと、嬢がせわしなくマドラーをまわしている最中だった。

「焼酎もウイスキーと同じ感覚で作っちゃってる!」

 水割りの話だ。

 店のハウスボトル(客席に常備してある飲み放題の安価な焼酎やウイスキーのボトル)のアルコール度数は焼酎で20度、ウイスキーでも40度前後だ。

 客から特別指定がなければ5~8度が適当だろう。

 泥酔させないように、嘔吐させないように、客の体調を観て加減するのも嬢の仕事だ。

 なので、せわしなくマドラーをまわす嬢が作っている焼酎の水割りは、ほぼ水だ。

 彼女が作る水割りはいつも氷が浮いていて、飲みさしのようだった。

「嫌だよ!私が教えると角が立つでしょう!○○(店長代理のあだ名)が教えてよ!」

 実際、そうなのだ。

 嬢どうしの暗黙の了解としては、年齢や他店でのキャリアにかかわらず、先に在籍していたほうを表面上は先輩として立てるが、基本は横並びの関係だ。

 店長代理が嬢より格上かと言えば違うが、嬢とは心理的距離があるので、指導面は一任してもらったほうがスムースに事が運ぶ。

 私も嬢にクレームがあるときは、どんなに理不尽で腹が立っていても、店長代理でワンクッション置いていた。

 クレームが多い私を店長代理は疎ましがっていたが、そもそも、指導者の指導が足りていないのだから本末転倒だ。

 なんでもかんでも姉さん任せで済ませようとするから、いつまでたっても店長に昇格できないのだ。

 

 せわしなくマドラーをまわしている嬢は下戸だ。

 キャストの求人募集で“お酒が飲めなくても大丈夫!(※ほかのキャストが飲んで助けてくれるから、の意)”と謳っている以上、下戸が紛れこむのは仕方ない。

 だが、飲むのと作るのとでは大違いだ。

 マドラーくるくるちゃんは有キャリアだったが、煙草や酒の銘柄もいっこうに覚える気配がなかった。

 店外で股を開くのが仕事なので、店内では働かなくていいという事か?

 枕営業には酒をまともに作れない嬢の多いこと多いこと……。


 あるとき、移籍したばかりの店で五十代の大ベテラン嬢のヘルプ(指名嬢が同伴((買い物や食事などをして客と嬢がいっしょに入店すること))や指名被りの際に手伝いをする嬢)につけられた。

「おじゃまします」

 席の手前で会釈し、飲みなれた風のおじ様の斜め前のスツールに腰かける(※新人の皆さん!ヘルプでお客様の正面に座るのは、お客様にも指名嬢にも失礼にあたるのでやめましょう)。

 あたり障りのない会話をしながら酒を作っていると

「君はこの仕事は長いでしょう」

と確認するように訊かれた。

「そうですね。長くやってきてしまいました……(笑)」

「うん。目を見ればわかる。お酒を作るのが上手だね。この店はまともに作れる子が少ないんですよ……」

と査定されて嘆かれ、ヒヤッとした。

『おいおいおいおい!慌てん坊の店長さんよ!いくら私が面接で有キャリア申告したからって、重鎮につけるときは事前情報くれよなー!親交のない“お局さん”の席で粗相があったらどーすんの!』

 だが、おじ様の嘆きで店のレベルが早々にわかった。

 フリー席でごいっしょした姉さんは、ハイボールを作るのにマドラーをガシャガシャまわし、炭酸水の気泡を壊しまくっていた。

「あーっ!駄目だよそんなにしちゃあ!」

 さすがに見かねた客が注意してくれたが

「そうなんですか?」

と、すっとぼけるだけ。

 十五年のキャリア???が聞いてあきれた。

 古株の無教育が野放しの店だった。

 私は早々に移籍した。


 






 






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