第19話 言わないで
「君を~♪愛してるよ~♪」
遠い目をしたオジサンが調子っぱずれに歌う。
その公開オナニーを見せられているあいだ、全従業員が忍耐の元に集結しているのだから、
『金の力は偉大だ……』
と、つくづく思う(笑)。
指名嬢は持たないが、いつも嬢をプラスづけ(※キャバクラはマンツーマンシステム。嬢の数を増やしたければ人数分の場内指名((フリー客から取る指名))料を支払わなければならない)してハーレム飲みする金満オジサンから、従業員一同結託して高価な酒を卸させようという魂胆だ。
「うれしいでしょう?男に言われたら」
歌いおえて、ご満悦なオジサンが訊く。
「『愛してる』って、ですか?」
「そう。君たちも女冥利につきるでしょう?」
「うーん……。でも、いざ!ってときの切り札に取っておいてほしい気もしますけどね」
嬢が代わる代わるオジサンの相手をする。
「君は?うれしくない?」
「ハッ!うれしいです!うれしいです!」
カチコチに固まっていた新人がロックオンされて飛びあがった。
「もう一曲入れて!」
オジサンは答えを待たずにデンモクを渡す。
新人は指定されたラブソングを慌てて送信した。
『アイシテルアイシテルうるせーなぁ。「俺をアイシテル俺をアイシテル」って、うるせーんだよ』
そう腐りながらも自動的に拍手をくり返していると
「よし!じゃあゴールド(○ンペリニヨンのゴールドラベル)!」
歌いおえたオジサンがシャンパンを卸した。
本指名嬢がいないため、ボトルのキックバックは誰にも落ちないが、店の潤いが嬢の潤いに、例えば、大入などで還元されることもあるのだ。
熟キャバでの高価なボトルの上代は仕入れ値の2~3倍だ。
ゴールドなら嬢に大入を配って余りある。
シャンパンもまわり、ますます上機嫌なオジサンが私に訊く。
「じゃあさ、今まで彼氏に言われて一番うれしかったのは?」
そんな宝物のような言葉、ふざけた酒の席でさらしたくない。
「うーん……。『無条件に好き』って言われたときはうれしかったかな」
私は無難に答えた。
名前なんてなくっても
星座なんてなくっても
って歌詞も、出自がクレイジーな私には特別響く。
「『可愛い!』とか『綺麗だね!』って言われたら普通にうれしい……ですよね?」
賛同を求めるようにキョロキョロしながら新人が頑張る。
気のいい姉さんが頷いている。
「ふーん。じゃあさ、逆に言われて一番うれしくなかったのは?」
さらにオジサンが訊く。
「『太ったね』って。自覚してるのに言われると腹が立つ!」
「料理をマズがられるとか?『じゃあ自分で作れば!?』って思っちゃう」
なるほど。
ガーリッシュな名答だ。
その流れで
「セックスの最中に『愛してる』って言われることかな」
なんて、言えない(笑)。
「名もなきメスの状態から現実に引きもどされて冷めちゃうんです」
なんて。
“ずっと”とか“一生”とか
「そのときは本当に思ったんだ」
とか、一瞬の真実。
時間軸を持たない愛の言葉は、あまりにも無邪気で罪深い。
だから、言わないで。
嘘にするなら言わないで。
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