第17話 Someday
現役時代お世話になった高層ビルが、昨年閉館して解体工事に入った。
老朽化が主な理由だったため、今後、立てかえる予定らしい。
元のビルの上階には静かなバーがあり、同伴(買い物や食事などをして客と嬢がいっしょに入店すること)の一軒目でよく使わせていただいた。
二人連れでいくと、壁一面のはめ殺し窓がある半個室に通された。
ゆったりした空間でゆったりしたソファに座り、典型的な東京夜景を眺めながら食前酒を頂く。
ワゴンを引いたバーテンダーがしずしずとやってきて、氷の入ったミキシンググラスにボトルの酒を注いでステアした。
よく冷えたそれをカクテルグラスに移してテーブルの中央に置くと、ふわりと炎をまとわせて仕上げた。
マティーニはバーテンダーの数だけ所作やレシピがあるのかもしれない。
空間を買いにいく。
技術を観にいく。
そんな飲み方を楽しんでいると、お客様の払いではあるが(笑)
『私も大人になったなぁ……』
と、しみじみしたものだ。
昼夜のシフトチェンジに立ちよった店の近所のカフェ。
接客がなんたるかに詰まるたびに答えを貰いにいった、家族経営の居酒屋。
からっぽになりたくて一人で通った小さな温泉施設。
都心から離れた場所にあった単館系映画館やライブハウス。
商店街のパン屋も蕎麦屋も、皆、消えてしまった。
歯抜けになった土地はそのままで、ぺんぺん草さえ生えない。
キラキラ立ちはたらいていた人たちは、どこへいってしまったのだろう?
高度な技術を活かす場所を失った人たちは、どこで何をしているのだろう?
それまでのキャリアを捨て、ゼロからリスタートせざるを得ない苦しみは計りしれない……。
今年も正月には元同僚らから連絡があった。
飲みに誘う元気な人。
もの言いたげで元気がない人。
結婚や離婚の報告をする人。
UターンやIターンした人。
デリケートな問題だ。
お互いに詮索はしない。
皆、生きている。
今はその確認だけ……。
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