第15話 東京もん

「どこの出身?」

 地方出身のフリー客に訊かれる。

「東京です」

「やっぱりかぁ!そんな感じがしたんだよ。東京の女、って感じだもん!」

「そうですか?」

「んぁ。男たぶらかしてそうだもん!」

『そうかぁ?たぶらかすのは客だけでパートナーは玉のように大切にしてるけど?』

 そう心で思っても

「そうだね。たくさんたぶらかしてきたね」

とニヤついた。

 誤解や偏見を解く手間をかけるなら、ヒールに徹したほうがらくな場合もある。

 指名客として縁がない相手なら、なおさらだ。

 一部の地方出身客にとって“水商売をしているうえに東京出身”というのは要注意人物らしく、敬遠されるのもしばしばだった。

 一方で、地方出身の嬢となら真剣交際に発展するかもしれない!と期待しているのが嗤えた。

 たいがい、メンヘラ嬢と拗らせて終わるのだから世話ない。

 そもそも、飲み屋の恋愛なんて、店内完結型の疑似恋愛だ。

 気前よくたぶらかす粋なホステスと、気前よくたぶらかされたふりをする粋な客とで、バランスが保たれていたのだ。

 今ではどちらも絶滅危惧種だが……。


「都会人の○○(私の源氏名)さんには田舎もんの気持ちなんてわからないです!」

 地方出身の嬢に、ことあるごとに言われた。

“都会人”と言う響きがきらびやかで嗤えた。

“都会人”の余裕だと言われてしまえばそれまでだが、日常の私は実にもっさいのだ。

 生まれは○手線沿線ではないし、実家は賃貸の公共住宅だった。

 育った町の治安は悪くなかったが、幼少期には酔っぱらいに絡まれたり、変質者に誘拐されそうになったりと、恐怖体験もしている。

 父母は地方出身だが、年寄り連中が亡くなって親族とも疎遠になった今では、帰省する田舎もない。

 家を出て離婚した父はとうに亡くなり、戦争寡婦の孤独な祖母を看とったのは、血縁関係が切れた私だった。

 健在の母は過去の大罪などケロリと忘れ、薄い壁の賃貸アパートでのんきに暮らしている。

 私には東京にさえ実家がない。

 だからといって

「あなたには逃げかえれる田舎があっていいね!」

などと、地方出身の嬢に皮肉を返したりしなかった。

“田舎もん”だって、それぞれでしょう?

“都会人”だって、それぞれよ。

 想像できる?

 逃げかえれる場所がない人間の、持続的な緊張や苦悶を?

 私の芝生は青くない。






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