第14話 帰宅恐怖症

 アミューズメント系企業に勤めるおじ様から指名を頂いた。

 好きな映画と、その理由を答えたら気分をよくしてくれた。

 おじ様は週に何度か来店した。

 まっすぐ家路につくには早すぎるのだと言う。

 家族も、ローン前倒しで完済した高級分譲マンションもあるというのに、自宅におじ様の居場所はないらしい。


 おじ様は○座に勤めていた。

 仕事が引けると界隈の小料理屋で一杯やり、そのあと、クラブでも一杯やった。

 長居や深酒はしない粋な人で、どちらも、おじ様の馴染みの店だった。

 クラブで何やら手土産的な物を持たされると、必ず私の勤める店に寄った。

「家に持って帰れないから……」

と、お姉ちゃんに貰ったわさび漬や○田焼の容器に入った高級ふりかけを置いていく。

 外ポケットに忍ばせてきたティラチョコ(ティラミスチョコレート。青い銀のフィルムに個装されている飲み屋のチャーム((つまみ))の定番)を取りだして口に放るが、お姉ちゃんに貰ったちゃちな雪だるま型の容器に入ったチョコレートは置いていく。

 ときに、おじ様が立ちあげに携わったキャラクターグッズを頂いた。

 貴重な非売品のタオルやストラップは封を切るのも、はばかられた。

「これはまだ公表していないんだけれどね」

 キャバ嬢の守秘義務の程度を知ってか知らずか?おじ様は潜行する次なるプロジェクトをリークした。

 おまけに提携先の若い女性社員とデートするんだ!と意気込んでいた。

 そんな横暴がまかり通る時代だった。

 職権乱用された相手が、おじ様にさく時間や労力を思うと気の毒になった。

 そんなこんなでも、おじ様の時間は腐るほどあるらしく、私は店外デートに誘われた。

 もちろん、体よく断った。

 最悪、指名を外されるだけのキャバ嬢は気楽だ。

「そろそろいいころだな……」

 おじ様がシックな高級腕時計の文字盤を確認した。

 クラブに寄れば1セット(※店により、45~60分程度の時間制料金)、小料理屋から直行なら2セット、おじ様は時間を潰して店を出た。

 意識か無意識か?

 時短になるエレベーターは使わず、暗い階段をとぼとぼ下りていった。


 管理職の有無がますます問われ、在宅に大義名分が立った今、おじ様は新しい家族の形を見つけられただろうか?

 

 




 


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