第9話 庶民派ぼんぼん

 ぼんぼんでも庶民派なら、思いやりも一般常識もガッツもある。

 私とは相性がよかった。

 なぜか皆、ひとまわりほど年下で、色白もち肌の可愛いらしい人ばかり。

 一人称が“僕”なのはその辺のぼんぼんと変わらないが、危機意識が高く、己の置かれた境遇に疑問を持ち、打破しようとしている好青年ばかりだった。

 身なりや言動が上品なのはぼんぼんのデフォルトとして、庶民派ぼんぼんには人間的な魅力もあった。

 その辺のぼんぼんが金に物を言わせてくるのとは違い、庶民派ぼんぼんには横柄さの代わりに節度があった。

「僕、二番目(の男)でもいいので!」

「僕が一人前の男になるまで待っていてください!」

などと笑って、客と嬢の適切な距離を保ってくれていた。

 仕事ではあったが、彼らと酌みかわすのは本当に楽しかった。


 ある太客(大枚を叩く指名客)は私が珍しく店外デートの誘いを受けると

「ちょっと待って!(実際にOKされると)ドキドキしちゃう!」

と、きた。

 なんとも可愛らしいのだ。

 結果、店外デートは流れてしまって、実現したのは一年後だった。


 待ち合わせた○急デパート前から○リドー街まで歩く。

 私の歩調に合わせてくれる気遣いがある。

 彼がトップセールスマンなのも頷けた。

「居酒屋にお連れするわけにはいかないのでリサーチしておきました」

 言ってしまうあたり、素直で気さくで好感が持てる。

「全然!居酒屋でよかったのに!」

 実際、よかったのだ。

 オイスターバーを予約してくれていた彼は、店に入ると私を上席に促した。

 上席は苦手だったが、昔、年配の男性と食事にいった際

「男が上席に座ってしまうと女性に気遣いのない男だ!と逆に恥をかく。大切な男性がいて恥をかかせたくなければエスコートは素直に受けなさい」

と教わったので、それ以降、相手が“大切な男性の場合”は上席座るようにした。

 入荷していた好物の○鳳趾と○州ワインを頂き、二時間ほど談笑する。

 ころあいを見てレストルームに立って戻ると、会計は済んでいた。

「いきますか?」

「はい。ごちそうさまでした」

 カフェで一杯やって大通りまで出ると、彼がタクシーを拾ってくれ、そっとタクシー代を渡してくれた。

「気をつけて。また連絡します!」

「ありがとう。おやすみなさい」

 彼はオスの欲求を封印し、私はそれに気づかないふりをした。

 大切にされていたのか?

 意気地がなかったのか?

 どのみち、私が彼の気持ちを利用しているのに違いはなかった。

「僕の気持ちなんて全然わかってない……」

 何度か、酔った勢いで気持ちをぶつけられたことがあった。

 そのたび、私はふふっと笑ってやり過ごした。

 指名や売上を失っても、彼を若い人たちの世界に戻してあげなければという罪悪感は、ずっとあった。

 疎遠になった今でも、彼が店でくり返し歌った、報われない恋の歌を覚えている……。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る