第8話 哀愁

「お前さんはつれない奴よのぉ!」

 店外デートの誘いに乗らない私に不満をぶつけながらも、気が向くとふらっと来店する指名客がいた。

 髪は薄いし、肌は浅黒いし、鼻毛は伸び放題だし、スーツのセンスは悪いし、中が空だというのに華奢な体躯に不釣りあいな大きな鞄を提げていた。

 見てくれは“ザ・オジサン”だ。


 オジサンはオジサンになるよりずっと前、一浪して都内の名門私大に入学した。

 四年で無事卒業して帰郷し、父親のつてで地元の地銀に入社した。

 オジサンは若くして支店長まで上りつめた。

 リテール営業の苦労話や独身会という名の乱交パーティーの話など、業界の裏話をたくさん聴かせてもらった。

 

「俺ね、上客なの」

 オジサンは熟キャバでは違うが、○座のクラブでは人気者らしい。

 認知に歪みがある(笑)。

 支店長を勇退させられ、某外資系の窓際族となって久しいオジサンの承認欲求は、人一倍強い。

 相手の高い報酬には“我慢料”も含まれているのだから、そりゃあ、本音なんて言わない(笑)。


 オジサンは三十路を過ぎると出世のために伴侶を得た。

 それが当時の常だったらしい。

 父親の命で大卒の良家の子女をめとった。

 相手は釣書によって選別された。

「愛情なんてなかった」

 店が特別に取りよせた銘柄の焼酎ロックをあおりながら、オジサンは目を伏せる。

「“彼女”には可哀想な思いをさせた」

 仕事に忙殺され、まったく家庭を省みなかったそうだ。

 やがて、オジサンは大病を患い“彼女”は子を何度も流した。


 オジサンには元々恋仲の上司がいた。

 新人時代のオジサンに仕事を手取り足取り教えてくれた女性だ。

 大好きで大好きで、いっしょになるのを望んだが、女性は高卒で良家の子女でもなかった。

 それをオジサンの父親が許さなかった。

「本当は油絵をやりたかった」

「今でも彼女を思いだすよ……」


 オジサンは渇望していた絵描きの道を断ち、最愛の女性をも諦めて、父親の敷いたレールを必死で走った。

 オジサンは泣かない。

 けして、泣かないのだ。

 だから、就業中にすることがなくてエロサイトばかり検索していても、愛人が元ヤンの○座のクラブのお姉ちゃんでも、相殺されてしまうような気がした。

 


 

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