第6話 吐く女①
ナンバーワンが同伴(買い物や食事などをして客と嬢がいっしょに入店すること)してきたが、更衣室に向かう途中で従業員用トイレに立てこもってしまった。
使用したいので扉前で待ったが、中からうんうん唸る声が聞こえる。
なかなか出てこないので、いったん待機席に戻った。
十分ほどしてようやく扉が開いた。
こちらは膀胱がパンパンだ。
慌てて席を立つ。
「ごめんなさい!」
入れちがいに彼女が謝った。
素早く鍵をかけると、密室にすえた臭いが充満した。
『吐いたな』
私は便器の蓋を上げながら悟った。
同伴の食事が流されたあとだった。
飛沫を拭いたのだろう。
開店間もないというのに、ごみ箱はペーパータオルの残骸でいっぱいだった。
ぐずぐず着がえ、ぐずぐずヘアメイクを終えた彼女が、ようやく、更衣室から出てきた。
同伴ではタイムカードは自分では打刻しないので、席に直行しようと思えばできるのだが、今度はのんきにキャッシャーと話しこんでいる。
長々とつかされているヘルプ(指名嬢が同伴や指名被りの際に手伝いをする嬢)はたまったもんじゃない。
同僚に無配慮の彼女はひんしゅくの的だ。
お局やナンバー(売上上位者)といった権力行使できる嬢たちは、彼女との同席を断固拒否していた。
芯のない体躯が、ふらふらフロアを横切っていく。
タイトな白いドレスから浮き出たショーツの線が、みっともなかった。
キャバ嬢なら肥えていることは罪悪だ。
肥えていれば、お触りや店外デートや枕営業の対象として、やすく見られる危惧もある。
彼女はルッキズムに敵っていたが、ぼさっとしていたせいか、指名客は下品なやからばかりだった。
就業後に更衣室で二人きりになると
「私はちっぽけな人間なんです!」
と自分のロッカーを蹴とばして訴えた。
ナンバーワンのプレッシャーや自己矛盾があったのだろう。
のちに私の移籍を聞きつけた彼女に
「私もいっしょに連れていってください!」
と冗談ともつかない懇願をされたが、それきりだった。
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