第39話 騎士と試験

「ルカ、おはよう!」


 受付嬢トリーシャ・クルスは、跳ねるよう足取りで鍛冶場カウンターへやって来た。


「おはよう、おばさんの調子はどうだ?」

「もうすっかり。散歩も飽きたから働きたいって言い出してるよ」

「おばさんらしいなぁ」


 トリーシャの母は基本、じっとしていられないタイプの人間だ。

 何かしたくてうずうずしてる姿が、容易に想像できる。


「…………ありがと」


 突然トリーシャが、ルカを抱きしめた。


「みんな、みんなルカのおかげだよ」


 顔を上げ、うれしそうにほほ笑む。


「本当に良かったの?」

「いいよ別に、あれを売ったところでどうなるってわけでもないし」


 ルカがなりたかったものは、貴族ではない。


「おーいトリーシャ。鎧鍛冶への特別サービスもいいけど、受付空いてるぞ」

「あっ……は、はいっ!」


 慌てて身体を離すと、恥ずかしそうにもう一度笑い、トリーシャは受付へと駆け付ける。

 受付前には、三人の若者が立っていた。


「お待たせしました! ……はじめてですか?」

「マスターにはもう、話が通ってると思うよ」

「少々お待ちくださいね」


 さっそくマスターを呼びに向かうトリーシャ。

 この日のギルド酒場には、少し変わった光景が広がっていた。

 上級の中でも、Aランクと呼ばれる冒険者が多く集まっているのだ。


「……そろっていますね?」

「ああ。急な話の割には、集まった方だ」


 見慣れぬ若者たちの正体は、地味な衣装に身を包んだ王選騎士。

 やって来たマスターに確認を取ると、騎士の青年が一歩前に出た。


「皆さん初めまして。僕はジュリオ・ジュリード。ウインディアの王選騎士だ」


 少しウェーブのかかった亜麻色の髪。

 長身の爽やかな顔をした青年が、名乗りを上げた。


「同じくナディア・フラムだよ」


 やや小さな身長に、張りのある太もも。

 短めの茶髪をはねさせた、人懐こい顔つきの騎士が続く。


「リンドウ・レイと申します」


 そう言って最後に頭を下げたのは、長い黒髪を束ねた涼しげな目の女性。


「実は王選騎士に欠員が続いて、臨時のメンバーを募集することになったんだ」


 一通りの挨拶を済ますと、ジュリオが『表向き』の本題を切り出した。


「そんなわけで、テストをしに来た」

「騎士が……直接見るのか?」

「もちろんだよ」


 ナディアの返答に、にわかに騒がしくなるギルド酒場。

 それも当然だ。

 騎士のほとんどは水見の儀式の時点で王国に認められ、見習いとしてスカウトされた者たちだ。

 冒険者から騎士になろうとすれば、その活躍が王都に届くほどでなくてはならない。

 臨時メンバーとはいえ、騎士が直々に選抜に訪れるなんて早々ないことだ。


「危険な仕事を控えていますので、こちらは最低でもAランク以上。腕に自信のある人たちだけでお願いします」


 リンドウ・レイがそうまとめると、騎士たちはギルドの外へ出る。

 すると十人ほどの冒険者たちが、その後に続く形で出て行った。


「騎士選抜のテスト……」


 そわそわと、外の様子を気にかけるルカ。

 するとベテラン鍛冶師が、声をかけにきた。


「気になるんだろ? 見て来いよ」

「いいんですか?」

「ああ、ここは自分たちに任せておけ」

「は、はいっ。ありがとうございます!」


 ルカはベテランの二人に深々と一礼して、騎士たちの後を追う。

 そこにはすでに、Aランク冒険者たちが集まっていた。


「それじゃあ、さっそく始めようか」


 そう言ってジュリオは一人、持参した槍を手に取る。


「誰からでもいいよ。もちろん全力で来てくれ」

「……まだ防具をつけてないじゃないか」

「要らないよ。これくらいでケガの一つも負ってしまうようでは騎士なんて務まらないからね」


 問題なしと、ジュリオは余裕を見せる。


「そういうことなら……俺から行かせてもらうぜっ!!」


 ジュリオの発言を『冒険者など取るに足らない』と受け取った元金髪ことテッドは、『衝撃の魔剣』を手に飛び掛かる。


「うん、悪くない」

「ッ!?」


 しかし肝心の衝撃が発生する直前に、その腕をつかみ取られた。

 ジュリオはそのままテッドの足を払って投げ飛ばし、奪った魔剣を足元に突き刺す。そして。


「君もどうだい?」


 あろうことかギルド最上位の一人、レッドフォードを『ついでに』誘ってみせた。


「なめやがって……ッ!!」


 魔剣を引き抜き、レッドフォードがスキルを発動する。


「どうなっても知らねえぞ――――一点突破ァァァァッ!!」


 放たれたのは、ヒュドラの頭を二つまとめて吹き飛ばした必殺の一撃だ。

 高速で迫るレッドフォードの切り上げを、ジュリオは身体の回転一つでかわす。


「まだだッ!!」


 しかし、この技はこれだけで終わらない。

 魔剣の起こす爆発が、ジュリオを飲み込む。


「見たか……っ!」

「いいね。今の一撃はなかなかだ」

「なっ!?」


 巻き起こった爆発が、吹き付ける風に散っていく。

 レッドフォードの必殺技をかわしたジュリオはすでに、彼の背に槍を突き付けていた。


「あれが騎士の力か……」

「レッドフォードが、まるで子ども扱いじゃねえか」

「時間が惜しい。次の人どうぞ」


 惚ける見物人たちを前に、テストは続く。

 それから十人ほどがジュリオに立ち向かったが、どの冒険者たちも結果は変わらない。


「……これくらいかな?」


 結局、誰一人としてジュリオに攻撃を当てることはできなかった。


「他にもう、上級者はいなそうだし――」


 息を吐くジュリオ。

 不意に、その目が留まる。

 そこにいたのは、通りがかりのユーリ・ブランシュ。


「彼女は?」

「あいつも上級の一人だよ。どこまで行ってんのかは知らねえけど……腕はかなり立つって聞いてるぜ」


 見学者の言葉を聞いたジュリオは、ユーリに歩み寄る。


「君も冒険者のようだけど、騎士に興味は?」

「特にないよ」

「それなら君は、何のために冒険者を?」

「もっと、ダンジョンを知りたいから」

「……なるほどね。もしかしたら力になれるかもしれない。よかったら君の腕前を試させてもらえないかな?」

「試す?」

「ああ、『君の知りたいこと』に関わる仕事でね。協力者を探してるんだ」

「そういうことなら、別に構わないけど」

「全力の一撃を見せて欲しい」

「分かった」


 ジュリオから距離を取るユーリ。

 腰に提げた剣『導きの十字星』を引き抜くと、ユーリはスキルを発動する。


「――――大地駆ける星(エスティラーダ)」


 それは付近の魔力を吸収し、身体能力に変換するスキル。

 右足を下げ、左手を相手に向けて伸ばした後、剣を引く。

 息を吸い、ピタリと動きを止める。


「駆けろ……十字星!」


 次の瞬間、残像を残して放たれる閃光のごとき一刺し。


「ッ!!」


 その場にいた全員が思わず息を飲む。

 ジュリオはユーリの一撃を見事にかわしてみせた。だが。

 冷や汗が、頬を滑る。


「……危な……かった」


 その首筋を、導きの十字星の刃が薄く裂いていた。


「たった二年。ソロで40層にたどり着いたと言われる実力は、伊達ではないようですね」


 ユーリが剣を下ろすと、レイがつぶやいた。

 騎士三人がうなずき合う。

 ジュリオたちは、スキル授与の儀式から即騎士への道を歩み始めたエリートだ。

 強者なれども、ダンジョンの勝手は分からない。

 よって今回求めているのは、ダンジョンを知ったうえで強い力を持つ人物。

 その点ユーリは、文句なしの存在だ。


「ぜひ力を貸してほしい。今回の仕事は、おそらく君にとっても意味あるものになる」


 それがダンジョンに関わるものと気づいたユーリは、うなずいた。


「よし、さすがにこれで終わりかな」


 顔を見せなかった者もいるが、今回は急務だ。仕方がない。

 ユーリという『お宝』が見つかったことを考えれば大成功と言えるだろう。

 試験を終え、本格的にダンジョン踏破メンバーの選定に動き出す騎士たち。



「――――俺も、見てもらえないかな」



 そんな中、ルカが声をあげた。

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