第38話 帝国将軍

 アーデント大陸の西部に位置する、ウインディア王国。

 その歴史はガルデン帝国に次ぐとされ、【魔獣の体内】と呼ばれるダンジョンを管理し続けてきたことでも有名だ。

 王城も歴史と優美さを兼ね備えており、自然豊かなウインディアを訪れる者たちの目を楽しませている。

 そんな国家の誇りともいえる王城の正門を蹴破って、二人の男が城内に踏み込んで来た。


「貴様、何者だ!」

「王を出せ」


 どちらも二十代の半ばを過ぎた頃。

 あまりに異質な男たちの登場に、兵士たちは即座に剣を抜く。


「ここをどこだと思って――」

「聞こえなかったのか?」

「なッ!?」


 抜いたばかりの剣が、兵士長と呼ばれる男の腿に突き刺さっていた。

 さらに兵士長の頭をつかみ上げた男は、強引に剣を引き抜き、今度はわき腹に突き刺す。


「ア、アアアアア――ッ!!」


 響き渡る悲鳴と、こぼれ落ちる血液。


「王を出せと言った」


 切れ長の冷たい目をしたその男に、兵士たちの顔が青ざめる。

 訓練を受けた兵士たちより、さらに二回りほど大きな身体。

 肩にかかる長さの赤毛。その頭頂部をトサカの様に結んだ男は、もう一度。


「ギャアアアアアアアアア――――ッ!!」


 引き抜いた剣を、わき腹のまったく同じ個所に突き刺した。

 あえて傷を抉ることで、絶叫をあげさせる。

 痛みと恐怖でガクガクと震える兵士長。

 男はもう一度剣を抜くと、またも兵士長の脇腹に――。


「――――何者だ」


 剣が止まる。

 王城ロビーに現れたのは、冒険者や騎士にも劣らぬ体躯をした壮年の男。

 ウインディア国王レーゼンハイトは、二人の闖入者に問いただす。


「遅い」


 百に迫る兵士たちに包囲されても、その不遜な態度は変わらない。

『呼び鈴』代わりにしていた兵士長を投げ捨てた男は、王に名乗りを上げる。


「オレはバアル・ド・レッド――――帝国将軍だ」

「ッ!?」


 低く冷徹な声で発せられた言葉に、付近の兵たちが一斉に息を飲む。


「私はレド。帝国からの使者にございます」


 将軍の隣りに控えた黒髪の青年は、うやうやしく頭を下げる。


「レーゼンハイト王にご相談がございまして、こうして遠路はるばる参らせていただいた次第でございます」


 丁寧、ゆえに無礼。

 レドと名乗ったこの男も言葉使いこそ丁寧だが、そこから敬意はまるで感じられない。


「……ついて来い」


 踵を返した王は、駆けつけた三人の若い男女に問う。


「負傷者は無事か?」

「すでに医療班を呼びに行かせています」


 負傷兵を案ずる王に応えたのは、ウインディアが誇る【騎士】たちだ。


「この者たちも同席させる。構わぬな?」

「はい、もちろんでございます」


 レドは余裕を崩さない。

 レーゼンハイトたちに続いて、応接の間へと向かう使者と将軍。

 彼らが属するガルデン帝国は、アーデント大陸の北部を治める巨大国家だ。

 その歴史は古く、世界最古の国とも言われている。


「なんでも先日は、妙薬のもとになるヒュドラが現れたとか」


 応接の間へ着くや否や、レドが話を始めた。

 将軍バアルは、ただ静かに成り行きを見守る。


「情報が早いな」

「はい。その件もあり、我々は【魔獣の体内】にもいち早い研究の必要があると判断いたしました」

「……それで?」

「我々の要望はまず、ウインディア領内における探索研究の自由です」

「探索研究の自由だと……?」

「続いて人員の補助と速やかな補給。そして、我々が手に入れたものは全て帝国の所有物とする。以上でございます」

「そんな話が通るものか。まして研究とは兵器開発のことだろう? そんな危険を認められるはずがなかろう」


 レーゼンハイトは、はっきりと否定する。

 帝国はわずか二年で近隣三か国を併呑した驚異的な軍事国家でもあり、兵器開発の雄だ。

 近隣諸国を戦々恐々とさせている強権国家に、新たな武器を与えるわけにはいかない。


「レーゼンハイト王、これは世界の平和のためなのです。安寧こそが始祖の神『ユミールの遺志』であり、その悲願を託された帝国は、生まれ続ける魔物を討つために日夜研究を続けています」


 帝国の威容は、その軍事力だけではない。

 今や世界中に教会を置き、強力な地盤を持つ『ユミール神教』もまた帝国発祥なのである。


「スキル……いえ、御業授与の儀式を広く行っているのも、その遺志を守るため。協力いただけないとあれば、ユミールの者たちも良くは思わないでしょう」


 レーゼンハイトは頭を悩ませる。

 するとレドは、これ見よがしに将軍バアルの方にチラリと視線を向けた。


「バアル様は、少々冷徹な一面がございます。意に沿わない状況とあらば……迷わず辺りを血の海にしてしまうのです」


 そう言って「おお怖い」と身体をすくめてみせる。


「……何が言いたい?」

「私はこの美しい王城や城下町が灰になるところなど……見たくはありません」


 丁寧な言葉使い。

 しかしその内容は、拒否など許さない完全な脅迫だ。


「私としては、どうにか温厚に収めたいのですが……」


 バアルは言葉を発しない。

 ただ、不気味な視線を向けるのみ。


「お国を、守りたくはないのですか……?」


 薄笑いのレドが問いかける。

 帝国がわずか二年で三国併呑を成し得たのは、『将軍』の驚異的な力が大きい。

 それほどまでに、帝国将軍の力は飛び抜けているのだ。


「……各所への通達もある。七日ほど時間をくれ」

「三日でなんとかしろ」


 話は付いたとばかりに、バアルは立ち上がる。そして。


「これは――――命令だ」


 他国の王を相手に、そう命じてみせた。

 その脅威的な武力と高圧な態度は、レーゼンハイトに拒否を許さない。


「それではレーゼンハイト王……我々は三日後に『動き出す』ことにします。賢明なご回答を期待しております」


 一方的に話し終え、応接間を出て行く二人。

 レーゼンハイトは深く息を吐く。


「……どう見えた?」


「間違いなく本物でしょう。それどころかあの使者ですら、騎士に並ぶほどの力量を持つと思われます」


 応えたのは、長い黒髪の女性騎士だ。


「やはり……狙いはダンジョンか」

「先日ヒュドラが倒された際に新たな道が発見されたようです。これまで見つかっていなかった、最奥へのルートかもしれません」

「帝国もその情報を得たわけだな」

「貴族を増やすと言われるヒュドラの討伐と共に生まれた話ですから。情報の伝達も早かったのでしょう」

「それにしてもこの性急さ。おそらく……最奥には帝国が強く欲する何かがある」


 そしてそれは、ごく最近の研究で判明したと考えるのが妥当だろう。


「トランシールから何か情報は?」

「ございません」

「今回の件を伝える使者だけ出しておいてくれ」

「かしこまりました」


 ウインディアと共に帝国の脅威にさらされている隣国、トランシール。

 昨今は古い歴史の研究に力を入れており、共に帝国の疑惑を追っている。


「とにかく、帝国に先を越されるわけにはいかない。それが新たな兵器となりうるのであればなおさらだ」


 場合によっては、自らの武器と換えて帝国へのけん制を図りたい。


「お前たちには、早急にダンジョン最奥へと向かってもらいたい」

「はい。ダンジョンでしたら優秀な冒険者の一部にも、同行を頼みましょう」


 長きに渡るダンジョン管理によって、攻略ルートはある程度まとめられている。

 帝国が武力でダンジョンを奪いに来なかったのは、ウインディアが事を構えるにはやっかいな古き大国であること、そして今なお踏破されていない広大なダンジョンを一から攻略するのは容易でないという点が大きい。


「その人選やテストも兼ねて、僕らは一度ギルドへ出向きます」

「そうか、お前たちなら信用できる。頼んだぞ」

「はい」


 即座に動き出す三人の騎士たち。

 レーゼンハイトは、窓の外に広がる風景に目を向けた。


「一体ダンジョンに……何があるというんだ」

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