第58話 告白
「う~、もぅ帰りたいよぉ。」
「はいはい、口じゃなくて手を動かしてね。」
「だってぇ、ニャオが機嫌直してくれないんだモン。」
リオンは、草の根をかき分け、隠れるようにして生っているベリーを摘んで籠に入れる。
「だから、ニャオの好きなタルトを作ってあげるために、ここまで来たんでしょ?」
クレアは、木の上から落ちてくる実を、器用に受け止める。
木の上では召喚獣達が協力して実を落とすのを張り切っている。
「それに、きっかけはともかく、半分はリョウの責任でしょ。そのまま甘えさせてあげれば良かったのに、リオンに変わって逃げるんだから。」
「そんな事言われても……リョウのままでギュッと抱きしめていられると思う?」
「………出来ないの?ニャオ……ううん、奈緒のこと好きなんでしょ?」
「……………。」
クレアの問いにリオンは無言のままでいる。答えないのではなく、どう答えたらいいか迷っている。
「……えっとね、私はリオンであってリョウじゃない。情報も記憶も意識も共有してるけど………そう言う意味ではリョウなんだけど……なんて言えばいいかな?リョウであってリョウじゃないの。」
しばしの無言の後、リオンは口を開いてそう言った。
「言いたいことは分からないでもないわ。ミシェイラの言っていた「1.5重人格」って事でしょう?それで?」
「うん、だから、好きとか嫌いとか、私が言うのはフェアじゃ無いかなって。」
「うーん、それもそうかな?」
「でね、フェアじゃないこと分かっていて言うね。リョウは奈緒のこと好きよ。それこそ、夜な夜な妄想したりするほどにね。今度、夜抱きつかれたら、きっと押さえきれなくなって、襲っちゃうんじゃないかな?」
「そ、そうなんだ。」
リオンの告白に、若干引き気味のクレア。
「それでね、ここからが大事な事なんだけど、……リョウは、あなたのことも、アリスやゆいゆいの事も同じくらい好きになっちゃってるのよ。少なくとも、関係を持ちたい、持っても後悔しない、くらいには好きになってるわ。」
「そっ、そうなんだ。」
顔を真っ赤にするクレア。
「私はね、こっちの世界で生まれたようなものだから、あなた達が受け入れてくれるなら、4人と付き合っても構わないと思うの。だけどリョウ……と言うより涼斗の意識がね、そんな不誠実な事は良くないってブレーキをかけてるのよ。だからリョウは身動きがとれなくなっているのよ。」
「そうなの……。でも、それって………。」
言い掛けたクレアの唇に、リオンの人差し指があてられる。
「分かってる。逃げてるだけだよね。でも、もう少し見逃してあげて欲しいな……って私が言うのもなんだけどね。」
そう言って、少し寂しげに微笑むリオンの顔を見たら、何も言えなくなるクレアだった。
「ところで、敢えて聞くけど、クレアはリョウの事をどう思ってるの?」
「……っ。」
リオンに問われ、言葉に詰まるクレア。
「ほらほら、素直に言いなさいよ。何とも思ってないって、バッサリやっちゃってもいいから。」
「……そうね、あなただけに言わせて私が言わないのもフェアじゃ無いわね。」
「そうそう。大丈夫よ、あなたに振られても傷は浅……くは無いけど、大丈夫よ。」
「何が大丈夫か分からないんだけど……。……私はね、リョウ……涼斗君の事が好き……なんだと思うわ……多分。」
「曖昧なのね。」
「だって、仕方が無いじゃない。今まで男の人を好きになったこと無いんだから。……最初はね、変な人だと思ってた。誤解しないで欲しいんだけど、みんな私と話したがるの。何とかきっかけを作っては話しかけて来るのよ。私の周りではそれが普通だったの。だけど、涼斗君は違った。話しかけて来るどころか避けるようにしてたわ。奈緒と一緒に会ってからは、意外な人と言う印象が強くなったの。奈緒に対する優しい所とか、私の話について来てくれるところとか、唯ちゃんをからかう子供っぽい一面とか、時折、マキナと結託して悪巧みを考えているところとかね。……気付いたら目で追っているのよ、涼斗君の事。奈緒や唯ちゃんと一緒にいるのを見ると、なんかモヤモヤしたり、私に話しかけてくれると、何故か心が浮きだったり……これが恋ってモノなのかなって思うようになったのは最近なんだけどね。……以前ね、奈緒に「涼斗君の事を知ったらきっと好きになる」って言われたことがあるんだけど、まさしくその通りだったわ。でもね、私その時奈緒に言ったのよ「応援してあげる」って。だから私の事は気にしないで、奈緒と付き合って……それが一番言いと思うの。」
クレアは、喋りすぎた、と気まずそうに顔を背ける。
「クレアはそれでいいの?さっきも言ったけど、別にこっちでなら、細かいこと気にしなくていいんだよ。」
「うふっ、そうね、クレアとしてリョウに愛して貰うのならいいのかも?プロポーズもされてるしね。……でも紅羽としては…………。」
俯くクレアをそっとリオンは抱き締める。
「恋ってめんどくさいね。」
「それニャオに言ったら、1時間のお説教コースよ。」
クレアが笑うのを見て、リオンも表情を緩める。
「あ、後、今の話はここだけにして蒸し返さないでね。」
「蒸し返さないわよ………って言うか、何で私喋っちゃったのよ。告白したのと同じじゃないっ!」
真っ赤になり、オロオロするクレアを宥めるリオン。
「大丈夫……って言っていいかどうかわからないけどね、きっとリョウに戻ったら、身悶えしてのたうち回ると思うから、おあいこと言うことで……ね?」
「……そうね。切り換えていきましょ。この先にパナの群生地があるってラビちゃんが教えてくれたから行きましょ。」
「うん、後2~3種類は欲しいよね……これでニャオの機嫌が直ればいいけど。」
先ほどの会話は無かったことにして、果実の採集に精を出す二人だった。
◇
「あーん………。美味しい?」
「うん、美味しい。」
モグモグと口を動かすニャオの頬が心なしか緩んでいるように見える。
「リオン様、とってもおいしいですぅ。だからアリスにもあーんを是非!」
「ごめんね、ゆいゆいにして貰って。」
リオンはそう言うと、一口サイズに切り分けたタルトをフォークで刺し、ニャオの口の前まで持って行く。
「はい、あーん。」
「あーん………モグモグ……美味しぃ。」
「そうでしょ、そうでしょ。まだまだあるからね。」
「うん、でもリオンも……はい、あーん。」
ニャオが差し出したタルトを、リオンはパクッと咥える。
「美味しぃ。」
「うぅー、ずるいですぅ。あーんを所望するのですよ。」
「百合百合ですねー。ご褒美です。ありがとうございます。」
アリスの文句や、ゆいゆいがバカなことを言っている事は、気にしないでおく。
せっかく、ニャオの機嫌が良くなってきたのだ。ここは全力で接待するよー、と心に決めたリオンだった。
「ニャオ美味しい?」
「うん、わざわざ作ってくれてありがとう。」
「………機嫌直った?」
「……今夜、一緒に寝て、ギュッとしてくれたら直るかも?」
「仕方がないなぁ。」
「約束だよ?何があっても一緒に寝るんだからね?」
「分かってるよ。大丈夫、約束は守るから。」
それでニャオは納得してくれたようだ。
「ところでリオン様。」
二人の会話が一段落したところを見計らって、アリスが声をかけてくる。
「うん、なぁに?」
「明日には、領都ジェムズについて、明後日に兄様達とお会いすることになるのですが、このタルトをおみやげに持って行く事って出来ますか?」
「うーん、そうね。沢山作ったから2~3個位なら問題ないと思うけど、こんなのでいいの?もっと高級なお菓子とかの方がいいんじゃないの?」
タルトでも、使う素材やデコレーションによって、そこらのお菓子には負けないほどの高級感を出すことも出来るが、今あるヤツは、果実こそレア素材を使っているが、ぶっちゃけ大衆向けの素朴なものだ。
お茶請けとはいえ、領主へのお土産にしては貧相すぎるのではないか?とアリスに問いかける。
「えーとですね、兄様もちょっと難しい立場にいまして、下手に如何にもな高級菓子だと色々面倒なのですよ。ジョゼお義姉様もタルトがお好きですし、これならきっと喜んでいただけると思いますので。」
「まぁ、いいならいいけどね。……持って行く前に食べちゃわないようにね。」
リオンはそう言いながらタルトを3つアリスに渡す。
「うぅ、今貰っても困りますよぉ。」
「あ、そうか。アリスはアイテムボックス使えないんだね。」
「そうですよぉ……リオン様、空間拡張覚えてアイテムバック作りませんか?」
アリスが言うには、空間拡張の魔法と中級付与術が使えれば、アイテムボックスみたいな魔道具を作ることが出来るらしい。
「……考えておくわ。」
すごく気にはなるが、今はニャオのご機嫌取りの方が大事だった。
◇
ガサッ………。
「ん、誰………ってニャオ?どうしたの?」
「ん………まだ寝ないのかなぁって。」
「一緒に寝る約束だったよね。すぐ行くね。」
「いいよ、それ終わるまで見てる。」
「そう?じゃぁ、少しだけ待っててね。」
リオンはそう言うと作業を再開する。
ハイエルフから貰った付与術の本に書いてある内容を実践しながら、スキルを上げているだけなので、すぐに終わらせることも出来たのだが、折角なので言葉に甘えて、当初の予定のところまで進める。
「ふぅ、こんなところかな?……それでどうしたの?」
リオンはその場を片付けながらニャオに問いかける。
「どうした………って?」
「ん?何か話したいことがあるのかなって……違った?」
「……違わないよ。……お姉ちゃん、告白したんだって?」
「そっ、……っそうね……。」
ニャオが抱きついてくる。そして小さな声で呟くように囁く。
「リョウに戻って。」
「えっ?」
「いいからリョウに戻ってよ、早くっ!」
「あ、うん………。」
ニャオの勢いに押されて、リオンからリョウに変わる。
ニャオはリョウに抱きついたまま、離れようとしない。
「ごめんね。ちょっとズルいかも、だけど、顔を見ちゃうと、言えなくなるかも、だから、このまま言わせて貰うね。」
ニャオの身体が強ばったような気がする。一体何を言おうとしているのだろう?
「センパイ………涼斗さん、私、朝霧奈緒美はあなたが好きです。私と付き合ってくれませんか?」
それだけを言うと、ニャオは胸に埋めていた顔を少しはなし見上げてくる。
頬は赤く染まり、緊張のためか、桜色の唇が少し震えている。
少し潤んだ瞳は、期待と不安に満ちた色で、リョウの顔をじっと見つめている。
「センパイのファーストキスも取られちゃったし、告白も、リオン相手だけど、お姉ちゃんに先越されちゃったから………だからせめて涼斗さんへの告白だけは………。」
ニャオは震えながらもハッキリと伝えてくる。
「センパイの一番は譲れない、譲りたくない!」
「俺も奈緒のこと好きだよ。誰にも渡したくない。この気持ちに間違いはないよ。だけど……。」
「うん、分かってるよ。お姉ちゃん達も好きなんだよね?」
「……いいのか?」
「良くないけど……仕方がないよね。だから私が一番なら許してあげる。……自分でも都合のいい女になってるって思うけど、好きなんだもん。だから……。」
ニャオはそう言って、軽く顔を上げ目をつぶる。
それが何を意味しているかが分からないほど鈍感ではない。
リョウは、意を決して、ニャオの顔へ近づいていく………。
月明かりに照らされた二つの影が、しばらくの間重なっていた。
「さっきのことだけどな……、」
移動する気にもなれず、何となく月を眺めていた二人だったが、不意に思い出したかのように、リョウが口を開く。
「さっきのって?」
「ファーストキスがどうこうって話だよ。」
「うん、それが?」
「よく考えたらな、ファーストキスを奪われたのはリョウであって涼斗じゃない。そして、今、キスをした相手もニャオであって奈緒じゃない。」
「それで?」
ニャオの声は平静なように聞こえるが、その顔が真っ赤なところを見ると、平静を装っているだけだろう。
勿論リョウも平静ではいられず、声が上擦らないように気をつけるだけで、精一杯だった。
「だからさ、向こうに戻ったら、俺からちゃんと告白させてくれ。そして返事がOKなら……」
「OKなら?」
「キス……しよう。」
リョウは、何とかそだけを絞り出すように言う。
こんな恥ずかしい事、二度と言えるか、とも思う。
「センパイ……すごく恥ずかしい事言ってるよ?」
「分かってる………穴があったら入りたいぐらいだ。」
「今、穴に入られると、私一人になるからダメだよ。だから………。」
ニャオは不意に顔を寄せて、リョウの唇に自分の唇を重ねる。
「予約の印………だよ?忘れないでね。」
「あぁ、約束だ。」
「うん約束。………じゃぁもう一つの約束も果たして貰おうかな?」
「もう一つ?」
何のことだ?とニャオを見ると、ニャオはクスクス笑いながら耳元で囁く。
「今夜は一緒に寝てくれるんだよね?」
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