第59話 極秘会談
「……そう言うことなら、是非力を貸して貰わねば。」
「いや、しかし……我等には、報酬として支払う物が無いからこうして………。」
「何をバカなことを。相手は平民ではないか。」
「話によれば、女を侍らせいると言うではないか。その者等の安全と引き替えに……。」
「いやいや、聞けば美少女というではないか。平民如きが生意気だ。」
話が段々、下衆い方向へと向かっている。
最初は、直面している問題を、どう切り抜けるか?と言う議題だったはず。
一応、まともな意見を出す者もいるが、その声は大多数の別の意見によって塗りつぶされていく。
最初は、まだ普通であった。
今の問題に対して、前向きな解決策を検討していた。
しかし、話が「噂の賢者」に至るにあたり、誠意を持って出迎え、知恵を貸していただこう、と言う者達と、権力を持って命令し、解決にあたらせろ、と言う者達に二分される。
そして議論は平行線をたどるが、どちらも「問題の解決は賢者に押し付ける」と言う意見に変わりなく、自分達で何とかするという頭はなくなっていた。
「静まれっ!」
一段高いところにいた男が一喝すると、その場が静まりかえる。
「今日のところは解散とする。各々方、決して軽挙な行動は慎むように、堅くお願いする。」
男の言葉に、その場にいた者達は部屋を出ていく。
中には、男に見えないように、苦々しげな表情をした者もいる。
そして、皆が出て行った後、その場には男と、その横に座っていた女、そして部屋の片隅に目立たないように立っていた少女だけが残される。
「はぁ………こんな事で時間を無駄にしている暇はないんだがな。」
男が天を仰ぎ見るようにして、疲れた声を出す。
「でも、彼らの言い分も分からなくもないですわ。………その方は平民なのでしょ?気の使いすぎでは無いかしら。」
女が、男にそう声をかける。
「いや、しかしだな、彼のおかげで今の我らがいることは間違いないのだ。」
「でも……力を貸してくれた彼等を、蔑ろにするわけにもいかないですわよ。」
二人の会話を聞いていた少女が、目の前の椅子に腰掛けて口を開く。
「お兄さまもお義姉様も、いい加減にして下さい。大変なのは分かりますが、側近の意見も纏まってない状況で呼び出すなんて、何考えてるんですか?」
「あ、いや、これはだなぁ……。」
「はぁ……、この現状をリョウ様が知ったら、喜んで帰られますわ。あの方は、どうやら貴族階級を嫌っておりますので。」
「それは分かっている。だからお前の力を貸りたいんだよ。アリスの頼みなら聞いて貰えるだろ?」
壇上にいる男はアベル……このマゥスウェル領の新領主であり、その横にいる女性……ジョゼフィーネの夫であり、そして目の前にいる少女……アリスの実の兄である。
「無理ですよ。リョウ様の機嫌が良くて、気が向いていて、何らかの琴線に触れるような出来事があれば、ひょっとしたら気紛れに、力を貸して貰えるかもしれませんが、下手に無理強いをしたら、私なんて捨てられてしまいますよ。更に言えば、そのようなことになった場合、二度とこの国に来てくれないと思いますよ。」
下手をすれば損害は、領地だけに留まらず、国全体に及ぶのだ、と、アリスは告げる。
「うぅむ………何かいい方法は無いものか。」
「ありますよ?」
頭を悩ませるアベルに対し、あっさりと告げるアリス。
「そなた今、無理と言ったばかりではないか。」
「えぇ、私が力を貸してくださいとお願いするのは無理ですわ。ただ、それと彼らが自主的に動いてくれることとは別問題ですよ。」
「詳しく……話を聞かせてもらえるか?」
「詳しくも何も、お兄様はただ、懇意にしている、まだ復興が手つかずの村に彼らの為の家を用意して差し上げるだけでいいですわ。後は基本放置して不干渉でお願いします。もし必要なことがあれば私が間に立ちますので、先方からの要望は出来る限り優先で融通していただけると助かります。後は放っておいても復興と発展していきますわ。」
「……それだけで良いのか?」
アベルは信じられないという表情でつぶやく。
「それだけと言いますが、意外と大変だと思いますわ。特に他の貴族が手を出さないように目を光らせて起きませんと。」
「でも、本当にそこまでする必要があるのかしら?」
今まで黙っていたジョゼフィーネが口を挟んでくる。
「実績も何もないただの冒険者に対して、領主一族が目をかけているとなれば、いらぬ敵を作ることになります。今は派閥貴族内の結束を固めることの方が優先ではないでしょうか?」
「それはお義姉さまのお仕事ですわ。ただ言わせてもらえるのならば、先程のような無能とまでは言いませんが凡俗な者たちより、リョウ様から得られる恩恵の方が白梅以上の価値があると思いますわよ。」
アリスはジョゼフィーネに対して、冷たく言い放つ。
その態度が癇に障ったのか、ジョゼフィーネは顔を歪めるが、結局何も言わずその場を収めることにする。
「まぁ、実際にリョウ様の力をご覧にならないと納得できないってこともわかりますわ……キスリング。」
アリスは影のように控えていた従者の声をかける。
「お茶を用意して……あなたの分も含めて4人分ね。」
「ハッ、しばしお待ちを。」
キスリングは音もたてずに部屋を出ていく。
その間に、アリスは持ってきていた包みを開く。
「これは?」
「お茶請けのお菓子ですわ。『タルト』というそうです……キスリング、お茶を入れたらこれを4等分に切り分けてちょうだい。」
命を受けたキスリングは、お茶を注いだ後、アリスから受け取ったタルトを寸分の違いなく4等分にして、各自の前に置く。
「どうぞ召し上がってくださいな。」
アリスはそういって、まず自らがタルトを一切れ、口に運ぶ。
持参した者が先に口をつけるのは、毒が入っていないということを見せるためのマナーであるが、そんな事とは関係なく、アリスはタルトを口にしていた……要は待ちきれなかっただけなのだ。
「それを見たキスリングが、念のため、とアベルに目配せをした後、タルトを一口サイズに切り分け、口に含む。」
「っつ……。」
キスリングが言葉に詰まる。
「どうした、キスリング?」
その様子を不審に思ったアベルが声をかける。
「いえ、何でもありません。大丈夫ですのでお二人ともどうぞ召し上がってください。」
そんなキスリングの様子に訝しがりながらも、アベルとジョゼはタルトを一口口に入れる。
「「っ!!」」
図らずも、二人ともキスリングと同じ衝撃を受け、言葉をなくす。
その様子を眺めていたアリスが、悪戯が成功した時のような笑みを浮かべながら、声をかける。
「3人ともどうかいたしましたか?」
「どうかしたかって……アリスこれは一体どこで……。」
「こんな美味しいもの食べたことがありませんわ……どこで手に入れられたの?」
「二人とも、いやですわ。ただのお菓子ですのよ?リョウ様が作られたものを分けていただいただけですわ。」
「これほどのものが作れるのか……さすがは賢者様、と言ったところか。我々には想像もつかない素材を駆使されているのだろうな。」
そういいながらも、タルトを食べるスピードは緩めず、あっという間に平らげてしまうアベルとジョゼ。
「それは違いますわよお兄様。」
まだ食べたそうにしている二人をニヤニヤと見ながら、お代わりのタルトをキスリングに渡しながら、アリスは会話を続ける。
「先日私がいただいたものは、訳あって希少果実をふんだんに使用していましたが、今日お持ちしたこれは、どこにでもある素材ばかりで作られていましたよ。そしてリョウ様はおっしゃっていました『領主への手土産がこんな大衆向けのものでいいのか?』と。つまり、リョウ様方にとって、このお菓子は特別でもなんでもない、普段から食せるものという感覚なんですよ。」
アリスの言葉に、アベルとジョゼは絶句する。
「わかりますか?お菓子一つとってみても、リョウ様にとってこのタルトは一般レベルなのです。もっと高級なものがいいんじゃないか?とおっしゃっていましたが、これ以上の高級なものって、いったいどのようなものか想像つきますか?」
アベルはアリスの言葉の真意を悟る。
現在流通しているお菓子のどれをとっても、今食したタルトほど上品な味わいと甘みのあるものは存在しない。たぶん王族でさえ、これほどのものを食したことはないであろうと思われる。
それなのに、一般に流通するものと変わらない価値だというのだ。
しかも、アリスの話が本当であれば、使われている素材も、平民でも手にすることのできる程度のものらしい。
つまり、このレシピを知っていれば、そこから生み出される利益は想像も及びつかない。傾きかけたマクスウェル領の財政など、一気に立て直せること間違いない。
「あ、アリスは、このタルトとやらの作り方を知っているのか?」
「えぇ、まぁ……一応、このタルトを作るときお手伝いさせていただきましたから……。」
アリスはなぜか、顔を赤くして視線を逸らす。
「ホントっ!ぜひ教えてもらえないかしら。報酬は出来る限り要望に沿えるようにするから。」
ジョゼフィーネがすごい勢いで食いついてくるが、アリスはそれを、やんわりとかわす。
「その話はあとで。勝手に教えるわけにはいきませんからリョウ様に聞いてからですわ。それより話を戻しましょう。お兄様もご存じの『サスペンション』という技術、そしてこの『タルト』でお分かりかと存じますが、リョウ様方の叡智の一部だけでも分けていただければ、それがどれほど領地の発展につながるかがわかると思いますが、いかがですか?」
アリスはそういってジョゼを見る。
「そうね。私の考えが浅はかだったわ。」
「わかっていただけて嬉しいです。そこでさっきのお話ですよ。リョウ様は利用されるのをとことん嫌いますので、利用しようというそぶりを少しでも見せればお逃げになられます。だからリョウ様の自主性に任せて放置していただけたらと思うのですがいかがでしょうか?」
「……俺は、お前ほど賢者様の事をわかっておらぬからな、お前に任せよう。アリス頼む、このマクスウェル領を救うのに手を貸してほしい。」
アベルは立ち上がると、妹であるアリスに深々と頭を下げる。
「お兄様、頭を上げてくださいな。もとより私がお兄様を見捨てるわけがないじゃありませんか。ただ、リョウ様方をこの地にお連れするのにも、かなりの無理と我儘を通しましたので、リョウ様からの信頼を回復するためにも、下手なちょっかいをかけて欲しくないだけですの。とりあえず、私が教えてもらって、出しても構わないと判断した情報を教えますので、お兄様方にはしばらくの間静観と、少しばかりの融通をお願いしますね。」
「あぁ、約束しよう。」
「アリスさん、ありがとうございます。」
「お義姉さまには一つだけお願いしたい事がございますわ。」
「なんでしょう?」
何を言われるのかと、ジョゼは心持ち体を強張らせる。
「先程の貴族の中で、お兄様にあまりいい印象を持っていない者たちが多く見受けられました。リョウ様のことが知れ渡れば、何らかの接触、もしくは妨害をしてくる可能性がありますので、常に目を光らせておいて下さいね。」
「えぇ、分かったわ。」
なんだ、そんな事か、とジョゼは思わず肩の力を抜くが、アリスの次の言葉によって体を硬直させることになる。
「……わかっていませんわね。直接、間接にかかわらず、リョウ様に手を出させるなと言ってるんです。リョウ様が今後この領地内で活動し出せば、間接的にかかわる者も増えてくるでしょう。そういった関係に目を光らせて、リョウ様を怒らせるような真似だけは絶対にしないでくださいね。リョウ様がお怒りになれば、この領地どころか、この国が滅びますよ。私はそんなことに巻き込まれるのはごめんですからね。その時はたとえお兄様やお父様でも見捨てますよ?」
「まさか、そんな……。」
ジョゼは笑い飛ばそうとして……できなかった。
「出来ないと思っていますか?」
ジョゼは、タルトという奇跡のようなお菓子を食べたが、それが大したものではないという。
たかがお菓子の事ではあるが、それが軍事に当てはまらないという保証はどこにもなく、そのことに思い当たってからは、アリスの言うことが決して大げさではないと思えた。
「大事なことですからもう一度言っておきますね。リョウ様を決して怒らせないでください。相手をただの冒険者とみて侮ると、痛い目を見ますからね。リョウ様に敵対するのであれば国を亡ぼす覚悟をするようにと伝えてくださいね。」
子供っぽい見た目に騙されがちではあるが、アリスもまた貴族であった。
ただの少女ではなく、貴族の力の使い方をよく知る少女なのだ。
その後、アリスは領主夫妻と歓談をしたのちに、人知れず領主の館を後にしたのだった。
◇
「リョウ様~、見えてきましたよぉ。あそこがヘレンの村ですよぉ。」
「へー、なんにもなさそうな村だな。」
「リョウ様が言ったんですよぉ、『辺境の村でのんびり過ごしたい』って。だからお兄様に無理言って、お家を用意してもらったんですからぁ。」
アリスが唇を尖らせて、むくれた様に言う。
「でも本当に何もしなくていいのか?」
「えぇ、大丈夫ですよ。お兄様の都合で会談もお流れになったわけですし、そのお詫びのようなものですよ。それに私の仕事も時間がかかりそうなので、領地内でどこか落ち着けるところが必要でしたし、かといって、ずっとリョウ様方を縛り付けておくわけにはいきませんから。まぁ、私の護衛という名目上、一緒に住んでもらいますが、基本的にはリョウ様方には自由気ままに過ごしていただければいいですわ。何かあっても問題にならないように話はつけてありますので……何なら、村の女の子に手を付けてもいいですよ?」
アリスは後半部分を小声で耳打ちしてくる。
バシッ!
そんなアリスの後頭部を、容赦なくハリセンが襲う。
「くだらないこと言ってんじゃないのっ!」
「ニャオ様、痛いですよぉ~。」
アリスは振り返って、ハリセンを構えているニャオに、涙目で訴える。
「自業自得よ。」
「そうですっ!村の女の子たちの前に私ですよっ!順番は守ってもらわないと……ひぃっ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……。」
ゆいゆいが横から口を挟んでくるが、ニャオに睨まれてその身を小さく縮こませる。
「やっと、スローライフが送れるのかぁ。」
周りの喧騒をなかったかのように無視しながら、窓の外に視線を向けたリョウが呟く。
馬車が目指すヘレンの村……そこでリョウがスローライフを送れるかどうかは、まだ誰も知らない……。
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