第56話 ゴーレム馬車とゆいゆいの野望

 キィンッ!

 金属同士がぶつかり合う甲高い音がして、リョウの持つ剣が弾かれる。

 そして喉元に突きつけられる剣先。

「これで15回目だな。もう終わりにするか?」

「いや、もう一本だ。」

 リョウは、弾かれた剣を拾い上げ構える。

 目の前のゲイルは、無造作に剣を下げているが、どこにも隙は見当たらない。

 隙がなければ、作るまでっ!

 無計画に正面からつっこむリョウ。

 ゲイルは、当然迎撃しようとするが、間合いに入る直前に、サイドステップで身をかわし、背後へと回り込む。

 しかし、最小限の動きでリョウの剣をかわすゲイル。

「とぅっ!」

 気合い一閃……何合も剣を打ち合うリョウとゲイル。

「クッ!」

 リョウがわずかにバランスを崩す。

 その隙を見逃すゲイルではない。

 僅かな隙を縫って、剣を弾くように動く。

 しかし、それはリョウの誘いだった。

 剣が弾かれるより早く手放すと、ゲイルの剣が空を切る。

「もらったっ!!」

 左手で掴んだ剣をゲイルに突きつける。

「ぐわっ!」

 しかし、その剣を突きつける前に、ゲイルの繰り出した左拳によって、リョウは吹っ飛ばされることになる。

「ひょぉ、危なかったぜ!狙いは悪くなかったんだけどな。」

 吹っ飛んだリョウを見下ろして剣を突きつけるゲイル。

「これで16回だ。」

「あぁ、今日は終わりだ。あれをかわされたら打つ手はないよ……今日の処はな。」

「はいはい、じゃぁまた明日な。」

 ゲイルは笑いながら館を跡にする。

 リョウはその後ろ姿を座り込んだまま見送る。

 ゲイルは疲れも見せずに、余裕で歩いて帰る、リョウは立ち上がるのも億劫でその場で見送る事しかできない……これが現在の二人の腕の差を表している。

 勿論、リョウは魔法を使っていないのだが、ゲイルの方も本気を出しているわけではないだろう。

 戦場で、何でもありの殺し合いになれば、負けることはない……と思うが、剣術の試合では16戦16敗……これが現実だった。

「はぁ、わかっていても落ち込むよなぁ。」

 リョウはその場に寝転がる。

 ゲイルとの試合……と言うより稽古をつけて貰っていると言った方が正しいのだろうが、これをしているには理由があり、出来れば1本ぐらいは取りたい処なんだが……、と考えながら目の前の光景をぼーっと眺める。

 広く青い空……ゆっくりと流れる白い雲………こんな光景をゆったりと眺めることなんか向こうではしたこと無かったよなぁ。

 そんな事を考えている内に、疲れの所為か、だんだんと瞼が重くなり、意識が遠ざかっていく。


「……ん?」

「あ、起きた?」

 目を開けると、覗き込むようにしてくるニャオの顔があった。

「えっと、何がどうなって……わわっ!」

 頭の下の柔らかな感触と、間近にあるニャオの顔、その意味するところを悟ったリョウは慌てて飛び起きようとして……地面に頭をぶつける。

「大丈夫?」

「アタタ……なんか以前にもこんなことがあったような気がするぞ?」

 気のせいよ、とニャオはくすくす笑う。

「それより、お待ちかねのものが届いているわよ。」

「本当かっ!すぐ行く。」

 リョウは慌てて起き上がり、駆け出していく。

「あ、ちょっと待ってよぉ。」

 それを見たニャオも慌てて追いかけていくのだった。


「おー、これが……さすが貴族御用達。金に糸目をつけないとこんなことも出来るんだなぁ。」

「お父様が請求書を見て涙目になってましたけどね。」

 そう答えるアリスだが、その表情はとても嬉しそうだった。

 目の前にあるのは、リョウが特注した『馬車』だった。

 以前、ラークスに来るまでに乗った馬車の揺れが、あまりにも酷かった為に、リョウが特注で作らせたのだ。……もちろん経費はクライン家持ちだ。

 報奨の一部と、アリスを押し付けられた代わりに無理を言った。

 一応、建前上はアリスに快適な旅を提供するためとなっているので、こんな無理、無茶も通った。……というか通ったことの方が驚きだったのだが……やっぱり貴族はろくなもんじゃないと思うリョウだった。

 サスペンションなどの技術については、リョウが思い出せる限りの概念を伝えてあり、後はこちらの技術者にお任せだったので、もっと時間がかかると思っていたが、意外に早くできたのでびっくりしている。

 外装は、耐火仕様素材と軽合金の組み合わせにより、普通の弓矢程度なら弾き返せるほどの強度を持ち、ここに後からハイエルフに貰った付与術書の中にあった結界生成を施せば、ちょっとした拠点並の防御力が得られるので、旅の安全は増すに違いない。

 そして、馬車の中は、クロフォード家の秘術の一つである『空間拡張』と言うものを施したため、一見普通の車内に見える奥に、大人が10人ほど寝転がっても、余裕があるぐらいのスペースが出来ている。

 ここに寝具や調理道具等を持ち込めば、下手な安宿より快適に寝泊まりできることは間違いない。

「……これがあれば拠点っていらなくね?」

 思わずそう呟くリョウだったが、女性陣一同の賛同を得ることは出来なかった。

 曰わく「お風呂がない」と言うことだった。

 しかし、旅商人など、街や国を行き来する者達にとっては垂涎の品であり、また、そう簡単に手が出せないほどのコストがかかることも間違いない。

 それだけに、盗難などの被害に遭わないように気をつける必要がある。

「ところでリョウ、馬はどうするの?」

 馬車なので引く馬が必要だ。しかし、周りを見回してもそれらしい馬がいないので、気になったニャオが聞いてくる。

「この世界にはな『ゴーレム馬車』と言うのが存在するらしいんだ。」

「うん、それは聞いたことあるけど。」

「そして、俺はこの日のために収得していた魔法があるんだよ。」

 リョウは、ニヤリと笑うと、アイテムボックスから鋼鉄の塊を取り出す。

「見てろよ……万物の根源たるマナよ、今ここに大いなる理を読み解かん。無なる物に力を、命を与えよ………『クリエイト・ゴーレム』!」

 リョウが呪文を唱えると、目の前に積まれた鋼鉄が、ぐにゃり、と形を歪め、周りの土も取り込んで何らかの形に変わっていく。

 じーっと眺めているリョウ達の前で、鋼鉄はうねうねと動き………やがて一つの形となって定着する。

「えっと、が馬車を引くの?」

 ニャオが、何かの間違いだよね?と縋るような目で見てくる。

「そうだぞ。ゴーレムが牽く馬車だから『ゴーレム馬車』で間違いないだろう?」

「確かにゴーレムかもしれないけど………。」

「………激しく間違ってる気がするわ。」

「コレ見たことありますよ。確かキレッキレのダンスするんですよね?」

 ニャオ達の反応が芳しくないのを見てリョウは首を傾げる。

 馬車を引くために、鍛え上げられた筋肉と、人と間違えられて色々問題が起きないように、馬にの頭部を持つゴーレム2体が、その筋肉を見せつけるようにしてポーズを取っている。

「どこもおかしくはないよな?」

「おかしいのは、あなたの頭よっ!」

 スパァーンッ、とクレアの振るうハリセンが、小気味のいい音を響かせる。

 頭を抱えながら、何で?と思うリョウだった。


「領主が涙目って、一体幾らかかったのかしら?」

 馬車の横で、ポーズを取るゴーレム達を視界に入れないようにしながら、クレアが言う。

「そうですねぇ、内装別で金貨150枚って言ってた気がしますわ。」

「はぁ、お金って有るところにはあるんですねぇ。」

 ゆいゆいが、悲しそうな表情で、手に握った銅貨数枚を見つめる。

 ゆいゆいの所持金全額だ。

「無駄使いするからだろ?」

「無駄使いじゃないですぅ。切実な問題なんですぅ。」

 ゆいゆいは、貰った報奨金の中の自分の取り分で、新しい鎧を購入していた。

 何でも、USO装備で戦うのはイヤだとか……まぁ、どう見てもメイド服だもんな……戦うメイドさん、いいと思うけど。

 ただ、残念なことに、買った鎧よりメイドドレスの方が性能が良いので悩んでいるらしい。

 そんな会話をしている間にも、クレアとアリスの会話は続いていた。

 領地経営に興味を持つアリスと、財閥の娘で幼い頃から英才教育を受けているクレアは、お互いに似たような環境で育ったと言っても過言ではないため、目の付け所とかも似通っていて妙にウマがあうようだった。

「それでですね、リョウ様の仰っていた、サスペショ?ですか?」

「サスペンションね。」

「そうそれです。それが今までにない画期的な技術とかで、コレを利用した物を売り出せは、この領地の新しい特産になるって言うことで、現在技術者の育成を急いでいるんです。」

「成る程ね……でも……。」


「ねぇねぇ、リョウ先輩。」

 アリス達の話をぼーっとしながら聞いていると、ゆいゆいが、袖を引っ張る。

「あの話なんですけど………。」

「どの話だ?」

「だから、さっきからあそこで話してるサスペンションの話ですよ。」

「あ、あぁ、それがどうした?」

「あれって現代技術の横流しですよね?所謂『生産チート』ってヤツですよね?」

「うーん、まぁそうなるか?」

「ほら、テンプレですけど、私達だったら生産チートで産業革命起こせますよね?権利を確保すれば、お金儲かりますよね?」

「まぁ、理屈ではそうなるな。」

「やりましょう!生産チートでお金を荒稼ぎしましょう!」

 妙にやる気を見せるゆいゆいを見て、リョウはイヤな予感を覚える。

「……なんかよからぬ事……というか何となく想像がつくが、一応聞くぞ?そんなにお金を稼いでどうする気だ?」

「決まってるじゃないですかっ!ハーレムですよ。ハーレム作るんです。」

 その答えを聞いてリョウは頭を抱える。

 いくつか想定していたパターンの中で、一番くだらない理由だった。

「ほら、今の私って、リョウ先輩のハーレムメンバーじゃないですかぁ。それはそれでいいんですけど、やっぱり私も自分のハーレムが欲しいんですよ。財力にモノを言わせて、奴隷の美少女(ケモミミ推奨)を買い漁り、私だけのメイド喫茶を開くんですよ。向こうでの『なんちゃってお嬢様』じゃなく、本物の『お嬢様』に、私はなるっ!」

「自分がハーレムメンバーであることはいいんだ………。」

 一緒に聞いていたニャオが遠い目をする。

 と言うかがいつのまにハーレムなんてモンが出来たんだ?

 リョウも同じように遠くを見つめる。

「もぅ、二人ともちゃんと聞いてますかっ!」

「聞いてる聞いてる……。それはいいとしてどんな生産チートをやるつもりなんだ?」

「それは、その……。そう、四輪農法とか。」

 口ごもるゆいゆいを見て、何も考えてないな、と悟るリョウ。

「ノーフォークか……。定番と言えば定番だけど、どこでどうやってやる気だ?やり方を教えるだけじゃ無駄に終わるぞ?」

「えっ、でもラノベとかでは………。」

「ノーフォークを扱っている作品は大抵の場合、主人公が権力者かそれに近い立場にいるだろ?そうじゃなくても、権力者に話を聞いて信じて貰える立場にいたりとかな。」

「うっ、それは………。あっ、アリスちゃん、アリスちゃんがいますよっ!権力者の娘ですよ。」

 どうや!と言う表情をするゆいゆいだが………。

「はぁ……、まぁ、現実を知るのはいいことか。アリス、ちょっとこっちに来てくれるか?」

 クレアと話が弾んでいるアリスに声をかけると、トテトテトテと寄ってくる。

「何でしょうか?」

「いや、ちょっとアリスの意見を聞きたくてな。ゆいゆいが、新しい画期的な農法があるというんだよ。それをやれば領地の生産量が上がるのは間違いなし、なんだがどう思う?」

「それは興味がありますね。それが本当であれば是非試してみたいです。」

 アリスの言葉を聞いて、ドヤ顔を向けるゆいゆい。

 だけどリョウは知っている……その顔が長く続かないことを。

「でも、それってすぐ効果が、見て分かるものなのでしょうか?」

「いや、その農法を2-3年も続ければ、何となく実感できるとは思うが?」

「うーん、それでは無理ですね。実績も何もない事に全面切り替えなど出来ませんし、実績を確認するために数年かかるとなると、その間に発生するコストの問題もありますしね。」

「えっと、どう言うこと?試してみたいって……。」

 アリスの言葉の意味が分からず混乱するゆいゆい。

「あー、簡単に説明するとだな、ゆいゆいの言葉を信じてノーフォーク農業に切り替えることは出来ないってことだ。」

「何で、どうしてっ!」

「当たり前だろ?誰が見知らぬ人間の話を鵜呑みにすると思ってるんだ?ゆいゆいだって、「今のお金を倍にする儲け話がある」って言われたって怪しいと思うだろ?ましてやそれが全財産だとしたら躊躇うだろ?」

「いいえ?私ならすぐ飛びつきますけど?」

 当たり前ですよね?と言う顔で見つめてくるゆいゆいを見て、頭を抱えるリョウ。

「唯ちゃんは、もっと人生考えた方がいいかもね………。」

 遠くを見ながら呟くニャオ。

「……ゆいゆいに普通を期待した俺が悪かった。だけど、普通は疑うし躊躇うんだよ!普通はっ!」

「まぁまぁ、リョウ様も落ち着いて。でもそうですね。奇跡でもなんでもいいから縋りたい、後がない、と言う土地で試してみたらいかがでしょうか?そこで実績を作ればいいと思います。」

「まぁ、そんなところは金がないから、農法を売ると言うより、ボランティアになるだろうけどな。どちらにしても金になるには数年から十数年かかるってわけだ。」

 アリスの言葉を聞いて、一瞬目を輝かせるも、続くリョウの言葉に、ガックリと肩を落とすゆいゆいだった。




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