第55話 リオンの秘密?

「もぅ、いい加減機嫌直してよぉ。」

「別にぃ、怒ってませ~ん。」

 少し苛つきながらも、宥めるように声をかけてくるニャオに対し、テーブルにぐでーっと突っ伏したまま答えるリオン。

「うぅ、怒っていないっていいながらその態度……ホントは怒ってるでしょ?」

「怒ってないですぅ~。報酬について勝手に決めちゃったことについては、何とも思ってませ~ん。」

「ヤッパリ怒ってるじゃない。そりゃあね、リオンが寝込んでいる間に、勝手に決めちゃったのは悪かったって思うわよ?でもね、仕方が無いじゃない?あんな大きなお風呂付きの物件なんて、普通じゃぁ手に入らないんだよ?」

 ニャオがこれだけは譲れないと言った感じで主張してくる。

 何でこんな事になったのかと、リオンは事の起こりを思い巡らす……。


 ◇


 アルバ砦で攻防の後、リョウ達はクライン領の領都『ラークス』にある、高級宿『シールズ』にいた。

 一泊、銀貨1枚もする超高級宿に、すでに3日滞在しているが、その値段に見合った室内の装飾に、食事をはじめとする各種サービス、そしてなんと言っても広い浴室が、リョウ達……特に女性陣を満足さてていた。

 なぜリョウ達がこんな高級宿に泊まっているかと言えば、アルバ砦における論功行賞を受けるためである。

 リョウは最初「面倒だから」と言う理由で、適当な金額を貰えればいいと言ったのだが、リョウ達への報酬は、アリス自ら渡したいと言う理由で、アリスが帰ってくるまでは、と強硬に押し止められ、領都にいる間は、領主持ちで寝泊まりできるようにするから、と言われ案内されたのが、この『シールズ』だった。

「ねぇ、アリスが帰ってくるの明日って言ってたっけ?」

 今はリオンとして、その均整のとれた裸体を湯船に沈めながら、体を洗っているニャオに問いかける。

「うん、だから明日のお昼に領主邸に来てって言われてるよ。」

 バシャァッと、この世界ではそれなりに貴重なお湯を、文字通り湯水のように使って体を清めるニャオ。

「そっかぁ。明日の朝、戻ってるといいけどな。」

 リオンは自らの身体を見て溜息をつく。

 自分の身体のことを知っているアリスはともかくとして、領主達の前にリオンとして出て行くのは、色々と問題がありそうだ。

「うーん、もぅ、このままリオンでいたらいいんじゃないかな?」

「ヤだよ。この身体でいる限り、ずっとあんな下卑た目で見られるなんて耐えられないよ。みんなよく平気だよね?」

「平気ではないけど……慣れかしらね。」

 身震いする身体を、抱き締めるように両腕で抱えているリオンの言葉に、横で同じように湯船に浸かっていたクレアが答える。

「そうですねぇ、慣れるとその視線が快感に……って何で沈めようとするんですかぁ!」

「ゆいゆいの変態な意見を聞きたくないから。」

「リオンちゃん酷いですよぉ。ヤッパリ私にだけ扱い酷くないですかっ!」

「気のせいよ?」

「疑問系になってるよぉ……大体リョウ先輩だって、時々、私やクーちゃん先輩の胸見てるじゃないですかぁ。それなのに自分はイヤって、我が儘だと思うんですよぉ。」

 ゆいゆいの言葉にリオンは顔を沈める……思い当たる事がありすぎ……と言うか気付かれていたのかと思うと、クレアやゆいゆいの顔を直視できなかった。

 その様子を見たゆいゆいが、好機とばかりに攻撃を仕掛けてくる。

「うりうり、白状しなさい。どうですか私の胸は?リョウ先輩は顔を埋めたいとか、思ってたんでちゅかぁ?それともぉ、赤ちゃんみたいにぃ、チュパチュパした……っぷぁっ!何するんですかっ!って……ダメですぅ。ん……アッ、イヤ……揉まないでぇ……。」

 バカなことを言い出したゆいゆいを、一度湯の中に沈め、背後をとってから、その問題の胸を攻撃する。

「つまり、この元凶が無くなればいいんだよね?」

「だめぇ………無くならないからぁ。……って、そこは………ダメ、ホントにダメなのぉ………許してくださいぃ………。」

 リオンの攻撃に、為す術もなく白旗を上げるゆいゆい。

 更なる攻撃を加えようとするリオンだったが、ニャオに止められる。

「センパイ、祖手くらいにしておかないと、またリョウに戻ったとき大変だよ?」

「………。」

 リオンは、ニャオの言葉で一瞬硬直し、その後すごすごと離れ距離を置く。

 そんなリオンの傍にニャオが寄り添い、落ち込むリオンの頭を撫でるのだった。


「なんか面白いことになってるわね?」

「「「ミシェイラっ?」」」

 お風呂から出た一行を出迎えたのは、自称女神のピクシー、ミシェイラだった。

「どうしたの?3ヶ月は身動きとれないんじゃなかった?」

 確かそう言っていたはず、と以前の会話を思い出しながら、リオンが訊ねる。

 計算間違いがなければ、後50日ほど残っているはずだが……。

「その子のパーソナルデーターが必要になったのと、あなたの状態に揺らぎが出ていたからね、確認にきたのだけど……。」

 ミシェイラはゆいゆいを指さした後、リオンの前に来てポンポンと胸を軽く叩く。

「立派なモノをお持ちで……ずっとこのまま?」

「いや、そう言う訳じゃなくてね……。」

 リオンは、しつこく胸を触るミシェイラをつまみ上げて、テーブルの上に放り投げ、自らはその前にあるソファーに腰掛けて、ハイエルフに遭ったときのことを話す。


「成る程、そう言うわけねー。ちょっと動かずにそのままでいてくれる?」

 ミシェイラはそう言うと、リオンの周りをグルグルと飛び回る。

「……浸透率……。……は、2割……。意識………乖離はそのままの方が都合……。」

 ミシェイラは何やらぶつぶつ言いながら飛び回り、やがて脱力したようにテーブルの上に座り込む。

「結論から言うと、このままで問題ないわね。むしろこのままの方が都合いいかもってところね。」

「詳しく……話して貰える?」

「長くなるわよ?」

「長くなってもいいからキチンとした説明が欲しいのよ。」

 いかにも面倒くさいと言う表情を張り付けたミシェイラに、リオンは頭を下げる。

「……なんか元がリョウだと思うと、違和感すごいわね~。まぁいいわ、リョウにかけられているのは『妖精の悪戯』よ。術者の意向で様々な効果があるけど、今回は『男女入れ替え』の効果ね。……リョウ、何やったの?かなり怒らせたでしょ?」

 ミシェイラの探るような視線から、顔を背けるリオン。

「はぁ、まぁいいわ。授力のハイエルフ達は古の契約に縛られているから、下手なことは出来ないはずだけど、今回は『力を授ける』手段に『悪戯』を使用したみたいね。」

「どう言うこと?」

 気になるのか、横で話を聞いていたニャオが口を挟む。

「性別が変われば当然基本ステータスに変化が起きるでしょ?それを利用してパワーアップさせたみたいね。勿論ステータスアップさせるだけなら他にも方法があるけど、そのハイエルフは意趣返しのつもりでこの手段を取ったみたいね。「力を上げてあげる代わりに女の子になっちゃえ、ザマァ!」ってつもりだったのね、きっと。」

 それを聞いたニャオとクレアが何とも言えない表情でリオンをみる。

 ちなみにゆいゆいは、ミシェイラの話が始まって10分もしない内に、眠りの世界へと誘われている。

「でも、その話だと、リョウとリオンでコロコロ入れ替わるのはおかしくない?それに私のこの性格も……。」

「その通りよ。『妖精の悪戯』は永久効果。入れ替わった性別は元には戻らない……普通はね。ただリョウの場合、その身体はアバターみたいなものだし、私も絡んでいるからね、中途半端な効果が出ちゃったのよ。そのハイエルフも焦ったでしょうね。」

「それで、結局どうなってるの?」

「んー、はっきり言って珍しい事例なんだけどね、まずその性格というか人格?はリョウであってリョウじゃない。でもリョウなのよ。」

「どう言うこと?」

「つまりね、本来なら女性体のアバターに引っ張られた新しい人格が産み出される可能性があったのだけど、そう言うことにならず……なんて言えばいいのかな?リョウの中にある女性の部分が、前面に押し出されていると言うのが分かりやすいかな?リョウの中にあったものだから意識も記憶も当然共有しているけど、リョウそのものじゃないからね、それが違和感の正体よ。言うならば1.5重人格ってところね。リョウ、あなた女装趣味でもあった?」

「無いよ。」

 そう答えつつ思い当たる節がある。

 長年のネカマプレイの所為で、リョウの中に『リオン』と言う存在が定着していて、それが今回のことで全面に出てきたのだろう。

 あやふやだったことがハッキリした所為か、今まで抱えていた言いようのない不安感がすぅっと消えていく感じがした。

「それで、もとに戻れるの?」

「無理とは言わないけど、ちょっと大変かな?それより、せっかくパワーアップしたんだから戻す必要もないでしょ。」

「そう言われてもね……。」

「でも50%の効果は、今後のリョウ達にとってはバカに出来ない力だよ?分かりやすく、あっちの……USOだっけ?に準拠して説明するとね……。」

 ミシェイラは、そう前置きをして説明をし出す。

 例えば領の最大MPが100としたら、威力10、消費MP10のファイアーボー10回放つことが出来る。

 この場合、HP30の敵を3匹屠ることが出来る計算になるのだが、ここで50%のパワーアップがあった場合、最大MPが150となり、ファイアーボールは15回放つことが出来るようになる。加えて威力も15にあがるので、しとめるのに三発必要なところ2発で済むようになり、7匹屠ることができるようになる。つまり単純に倍以上の敵を屠ることが出来るようになるのだ。これがレベルアップしていけば、その差は顕著に広がっていく。そして同じことがHPや攻撃力にも言えるわけで、今後、魔王軍と戦うためにも、その恩恵にあずかった方が良い、……と言うことらしい。

 更に言えば、元に戻すのは、リョウのアバターを一から作り直すのと同義で、今まで培ってきたモノが無くなる上、USOとの同調も切れるからやめておいた方がいいとのことだった。

「とは言っても、勝手に切り替わるのも大変でしょうから、それだけは何とかして上げるわね。」

 ミシェイラの話では、リョウの内包する力が大きすぎるために、マナが安定しないのが原因らしく、そのマナを制御すれば自在に変化?出来るようになるらしい。

「ま、やってみればわかるわよ。」

「ちょっ、やるってなに………を……」

 リオンは、自ら発した言葉が終わらない内に、光に包まれ、その場に倒れ込む。

「リオンッ!リオン大丈夫っ?」

 ニャオがあわてて近寄り、抱き起こす。

「大丈夫よ、ただ寝ているだけだから。でも思った以上にマナの制御が大変よ……。


 結局、リョウは丸一日寝込むことになり、目覚めたのは翌々日の朝だった。

 そして、リョウが寝ている間に、アリスに呼び出されたニャオ達が、報奨として貴族街にある館を貰い受けて来たことを知ったのも、目が覚めてからのことだった。


 ◇


「もぅ………。」

 拗ねてグダっているリオンを、ニャオは背後から抱きしめ、耳元で囁いてくる。

「リョウに戻ったら、メイド服でご奉仕するにゃん♪」

 その言葉を聞いて跳ね起きるリオン。

「機嫌直った?直ったなら一緒にいこ。」

「……さっきの本当だよね?」

「本当よ。リョウの好きなこと……していいよ。」

 顔を真っ赤にしながらそう言うニャオ。

「うぅ、こんなことならリョウのままでいるんだったよぉ。」

 恨めしげに、腕輪のクリスタルを眺めるリオン。

 ミシェイラがくれたものだ。これがあれば、マナを制御してリョウの意志でいつでもリオンに、リオンからはリョウに変わることが出来る。

 今リョウがリオンの姿になっているのも、リョウ自身の意志だ。

 ……もっとも「リョウが拗ねたりしても可愛くないから」と言う、ただそれだけの理由でリオンになっただけのことなのだが。

「12時間なんてあっという間だよ。それより、クー姉達が待ってるから早く行こうよ。」

 ニャオに引きずられるようにして、立ち上がるリオン。

 ニャオの言う通り、リョウの意志でリョウに戻るためには、後12時間弱の時間がかかる。

 リョウの周りのマナの不安定さは、ミシェイラの想定を越えるもので、リョウが丸一日寝込んだのもその所為だった。

 ミシェイラの力でも完全に制御できないらしく、一度変化すると、12時間のクールタイムが必要で、しかも自分の意志で変化したのとは関係なく、突然変化する場合もあるらしい。

 クールタイムが過ぎていれば、突然変化しても、自分の意志で戻ることが出来るらしいが、クールタイム中であれば、時間がくるまでは元に戻れないと言うことだ。

 まぁ、いつ変化するかわからない以前の状態よりは、かなりマシになったとは思う。

「いつまでも拗ねていたって仕方がないね。」

 リオンはそう呟き、ニャオの手を握る。

「そうそう、これから先の楽しいこと考えてよ。」

 振り返ったニャオが笑顔でそう言ってくる。

 リオンは笑い返して、ニャオと共に歩き出す。

 目指すのは、これからの拠点となる新しい館。

 過ぎたことより、これから楽しむことを考えようと思うリオンだった。


 


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