第54話 アルバ砦の攻防とマクスウェル領
マクスウェル領……王国の南方にある比較的広い領地だ。
しかしながら、その領地の半分は険しい山脈と、深い森によって、人々の生活圏は限られたものになっていた。
鉱山や森の恵みなどの期待値はあるものの、慢性的な人手不足と、領主一族の享楽による財政難から、開発は遅々として進まず、それ故に安定と希望を求めて他領に人が流れていき、結果として領地の発展が行き詰まると言う、悪循環をもたらしていた。
それまで、領主の享楽を諫めるどころか、乗じて享楽に耽っていた貴族達だったが、いよいよ持って後がない、となったとき、口々に領主ザコバに文句を言い出す。
全ては、しっかりと領地経営をしない領主が悪い、と。
そこで改心し、今までの行いを振り返って反省し、同じ様に享楽に耽っていた貴族達を弾劾、賠償させるか協力を取り付けるかして、領地の経営を建て直す努力をしていれば、未来も変わっていたであろう。
しかし、ザコバは、真っ当で、しかし辛く険しい地道な努力より、楽な道を選ぶ。
即ち「金がないなら、あるところから奪えばいいだろ」と。
目を付けたのは隣のクライン領。
攻め入って王の不興を買う必要はなく、言いがかりでも何でもいいから理由を付けて、領界沿いの土地を奪えばいい。
あそこには水源があり、それを抑えてしまえば、金はいくらでも搾り取れる。
幸いにも、領地同士の揉め事は当事者同士で話を付けるのが暗黙の了解となっている。
長引かせなければ、横やりが入ることもない、とザコバは計算していた。
面倒な領地経営よりも、目の前の快楽に溺れるダメな領主ではあるが、決して無能ではないのだ。
盗賊の被害に見せかけて村を襲い略奪する。
それをクライン領の責任だと言いがかりをつけ、治安維持を理由に兵を繰り出し、速攻で砦を落とす。
後は周辺を略奪して回り、全ては居もしない盗賊団の仕業と言うことにして、治安を維持できないクラインに成り代わりマクスウェル領がその場の治安維持に務める。
クライン領は、アルバ砦を含む周辺一帯を、マクスウェル領に預け、治安維持費を毎月支払う事。それを認めさせればいい。
実際のところ、この計画はここまではうまくいっている。
後は、クラインを少し脅して和平交渉の場に引き出せばいい。
そのための布石として、クライン領からメリクリス領へ移動する領主の娘を襲う指示も出した。
まだ結果報告が来ないが、動きのないところを見れば、うまく入っているのだろう。クロフォードが折れるのも時間の問題だ、とザコバはほくそ笑む。
「後は朗報を待つのみ。笑いが止まらぬとはこういう事だろう。」
ザコバはそう呟き、部屋の片隅で震えている女をベッドに押し倒す。
近隣の村を襲ったときに攫ってきた女だ。
クロフォードの娘を捕らえたら、奴の目の前で犯してやるのもいいな、と思いながら組み敷いた女を嬲る。
ザコバは、自分の勝利を1ミリたりとも疑っていなかった。
◇
「ただいまー。ちゃんと確認してきたよ~。」
ニャオが戻るなり、リョウに飛びつく。
「お疲れ。それでどうだった?」
そのニャオを軽く抱き留め、頭を撫でてやりながら、報告を聞くリョウ。
「うん、リョウの言うとおりだね。警戒は弛んでいるし、士気も低いね。みんなが考えていることは「早く帰りたい」だったよ。」
「成る程。その辺りはクレアの方と同じか。だとすると部隊全体にその気風が蔓延していると言っていいな。」
「クー姉も戻ってきてるの?」
「えぇ、ついさっき戻ってきた処よ。」
砦と言っても、2万を越える兵士全員が中に入れるわけではない。
多くの兵士は、砦前方に陣を張り、防衛線をひいているのだ
敵が攻めてきても、砦からの弓矢による援護や、いざと言うときには、いつでも砦に逃げ込めると言う安心感は、意外と防衛ラインを強固にしている。
とはいっても、前線にかり出されるのは、殆どが、その時に徴兵された農民兵なので、元々士気は低い。
その上、長期に渡ってこの場に留められていれば不満も溜まる。
だから、ニャオがコッソリと砦の中を探っている間に、クレアとゆいゆいが、近隣の村から食料を売り込みにきた風を装って、外の陣営の様子を探って貰っていたのだ。
「畑を放り出して来ているし、そろそろ収穫の時期だから、気にしている人が多かったわ。だから、噂も広がるのが早かったわね。」
クレア達には、探る他にもう一つ重大な役目をお願いしてあった。
『クロフォードの軍は、策を用いて攻めてくる。ザコバはそれを知っていて、農民兵を囮にして自分達は安全な場所まで逃げるつもりだ。』と言う噂を流すことだ。
この噂は、ゆいゆいの天然さが上手い具合に噛み合って、真実味が増したこともあり、瞬く間に広がっていったらしい。
「上手くいったみたいで良かったよ。取り敢えず、みんなお疲れ様。少し休んでてくれ。」
リョウはそう言って三人を労う。
本音を言えば、一番労って欲しいのは自分の方だ、と言う気持ちを隠しながら……。
一見、リョウだけ何もしていない様に見えるが、リョウはリョウでやることがあったのだ。
「下準備は出来たって事でいいのかい?」
そう声をかけてくる相手に、リョウは先程から変わらぬ愛想笑いを張り付けながら答える。
「まぁね、後はさっきも言ったとおり待つだけだよ。くれぐれも、タイミングを間違わないようにな。」
「そうか、じゃぁ俺は戻るぜ。賢者殿のお手並みを拝見させていただこう。」
そう言ってゲイルは仲間の元へ戻っていく。
そう、リョウがやっていたのは「ゲイルの相手」に他ならなかった。
リョウ達がアルバ砦に辿り着いて、最初にしたことは敵の布陣を調べることだった。
リョウ達は、ほとぼりが冷めるまで山か森の中に隠れるつもりで居たので、アルバ砦の兵達がどの辺りまで広がっているかを確認し、両軍の戦いが始まってから、混乱に乗じて移動するつもりだった。
そして、地図を広げ、逃走ルートを練っているときに奴が……ゲイルが現れたのだ。
最初は、逃げ出したリョウ達を追ってきたのか?と警戒したが、話を聞けばなにやら誤解が生じている。
ならば、ここは話に乗るしかない、と適当な説明をし、両軍がぶつかった時に、砦で騒ぎを起こすので、混乱を大きくしてくれと伝えた。
どうなるかの責任までは持てないが、調べた感じマクスウェル兵の士気の低さ及び噂の広まり方を見れば、ろくに戦闘にもならず逃げ出すだろうとリョウは考えている。
「リョウ、お疲れ様。」
「お疲れ様。……悪いんだけど、この先の話していいかしら?」
クレアが気遣うように言ってくるので笑顔で応じる。
「構わないよ。時間もないしな。」
「ありがとう。それでこの後どうしたらいいの?」
「そうだな……。正直ゲイルの旦那が来たことは想定外なんだよなぁ。」
「でも、リョウ先輩のこと、凄く褒め称えてましたよね?」
「それな。何勘違いしてんだか………。まぁ来てしまったものは仕方がないから、次善の策を取るよ。」
リョウが三人を見回すと、三人とも真剣な目で見返してくる。
「取り敢えず、もう2刻もすれば、クライン領の本体が到着する。あの司令官のことだから、先ずは失っても痛くない傭兵を前面に押し出すだろう。そこで、両軍が開戦した直後に砦で騒ぎを起こす。そのタイミングでゲイルの旦那が用意した別働隊が、敵兵の不安を煽っていく。不安が爆発寸前になったとき、誰かが「撤退だ」「逃げようぜ」などと言えば……我先にと逃げ出そうとして戦線が破綻する。後は、追跡しつつ砦を確保すれば、ここでの仕事は終わり……ってわけだが、あの場でとっさに考えた割には中々いい感じだろ?」
「そうね。確かに……。」
「でも、そんなに上手くいくの?」
「さぁ?」
「さぁ、ってリョウ先輩いい加減ですよ?」
ゆいゆいが、そう言ってくるが、リョウにしても、即興で考えた策に正否までの責任はとれない。
「まぁ、調べて貰った情報からすれば何とかなるとは思っているんだけどね。ゆいゆい、今マクスウェルの兵士達が考えていることは何だと思う?」
「えーと、ニャオちゃんが言ってた「早く帰りたい」ですか?」
自信なさげに答えるゆいゆいに、大きく頷いてみせるリョウ。
「その通り。戦いにも勝った。略奪してちょっとした稼ぎもあった。何より生きているんだから、このまま早く故郷へ、家族の元へ帰りたい。………そう思っているところに新しく戦端が開かれる。そうなったら必死で戦うだろ?生きて帰るためにさ。」
「それじゃぁ、不味いんじゃないの?」
「そのままだったらな。」
疑問を挟むクレアに、あっさりと答えるリョウ。
「命がけで戦っているときに背後………自分達を守ってくれるはずの砦で騒ぎが起こる。それだけでも不安を煽るのに十分なところに「貴族達が自分達を見捨てて逃げ出した。」「俺たちは貴族が逃げる時間を稼ぐための囮だ。」なんて言葉が飛び交えば、どうなると思う?」
「うーん、バカらしくて戦争やってられないよね。」
「そうだな。だから今の内に逃げ帰ろうという言葉に同調しやすくなる。一集団でもそういうのが出れば、後は連鎖的に逃げ出す奴らが増える。そうなれば、追い立てながら砦に入って占拠すればいい。」
「そう言われたら、なんか上手くいきそうな気もするけど……問題の「騒ぎ」はどうするの?」
「それについては考えがあるから大丈夫。」
ニャオの疑問に笑って答えながら、リョウは召喚獣達を見るのだった。
◇
「いいか、最終確認だ。先ずはアルが食糧庫の中の小麦粉の袋を食い破って回る。」
「チュいっ!」
「次にひよちゃんが食糧庫の中で飛び回る。このとき大事なのは、部屋中に小麦粉が舞って散乱するぐらいにする事だ。出来るか?」
「ぴぃっ!」
任せておけ、と言うように、片羽をあげるひよちゃん。
「最後に、部屋中に小麦粉が散乱して、2匹の脱出を確認したら、ラビちゃんが軽い電撃を放って火花を散らす。それで終わりだ。」
「きゅぃ!」
「成る程、テンプレですね。」
指示を聞いていたゆいゆいが、大きく頷く。
「テンプレと言うか王道?結構使い尽くされてる気もするけど。」
「どう言うこと?」
ニャオの言葉に、よくわかっていないクレアが訊ねてくる。
「粉塵爆発だよ、クー姉。」
「粉塵爆発?あの鉱山とかでよく起きる事故の?」
「そうそう、それだよ。ラノベなんかでは、こういう時の定番の手段なの。」
「王道だからこそ、使い勝手がいいんだろ?テンプレバンザイだ。」
笑いながらクレアに説明するニャオに、リョウが反論じみた補足をする。
「まぁまぁ、二人とも………それよりラビちゃん達行っちゃいましたよ?」
間に入るゆいゆいの言葉を聞いて、リョウ達は気を引き締め直す。
「爆発が起きた後、混乱を増強するために、適当に火矢を放ってくれ。俺もファイアーボールを投げ込むから。」
リョウは、予め決めておいた場所まで移動すると、最後の指示を出す。
やがて、両軍がぶつかり合う音が聞こえてくる。
戦闘が始まったようだった。
そして、暫く待つと、砦から大きな爆発音が鳴り響き、炎があがる。
それを合図に、火矢を、火球を、狙いも付けずに適当に放って回る。
「きゅぃ!」
「ちゅぃっ!」
「ぴぃっ!」
「あなた達無事だったのね。怪我していない?」
召喚獣達が帰ってくる。
「終わったの……かな?」
「多分な。……かなりやっちまった感がすごいんだけどな。」
砦から離れた、小高い場所から、まだ炎が立ち上るアルバ砦を見下ろすリョウ達。
「やっちゃったねぇ。」
「やっちゃいましたねぇ。」
「………やっちまったものはしょうがない。取り敢えず、砦は取り戻した。依頼は終了。後は報酬を受けとってトンズラだ。」
「報酬、貰えますかねぇ?」
ゆいゆいの疑わしげな声に答えるものは誰もいなかった。
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